聞けば、嶺さんの家には週三日でハウスキーパーが入るという。
 掃除や洗濯をどうするか尋ねると、なにもしなくていいという返答が返ってきて面食らった。

「ゴミは各階に収集場所がある。二十四時間、いつでも捨てていい。生ごみはシンクにディスポーザーがついているから、外に出す必要はない」
「なんて楽ちんな……!」
「料理はハウスキーパーにあらかじめ伝えておけば、用意される。クリーニングは上層階用のコンシェルジュに頼めば、二日後には戻ってくる。ジムは地階、ラウンジとワーキングスペースは一、二階だ。クリニックは五階から六階にすべて入っている。夜中でもやっているから便利だ」
「天国ですね……」
「そこまで大げさな感動は初めて聞いた」

 嶺さんがふっと笑う。私はこの笑顔に弱い。
 職場では決して見られないからなのか、それとも嶺さんが笑った瞬間に目がすっとやわらかく細められるのがいいなと思うからなのか。

「知沙?」
「あ、すみません。社長になるとこんな特典がつくのかとしみじみ考えていました」

 嶺さんがまた笑う。ツボに嵌まったらしい。私から見ると別世界にしか見えないのだけど、認識が違うんだろうな。

「特典だと思ったことはないが、今日はそうだな。特典がついた」
「なにかありましたっけ?」

 引っ越し作業が楽だったとか?
 振り返って考えるけれど、思い当たる点がなくて嶺さんを見あげる。細めた目が私をまっすぐ見おろしていて、私はなぜかいたたまれずに目を逸らした。

「あ……えっと、食器はどこにしまってくださったんでしょうか」

 視線に耐えきれず話題を逸らすと、嶺さんがキッチンに案内してくれた。
 広くて開放的なアイランドキッチンは、整然と物が片付けられていて使いやすそうだ。あたたかみのある色使いも好ましい。
 嶺さんは視線だけで私に近づくよううながすと、壁側に並んだ吊り戸棚のひとつをひょいと開けた。

「君が寮から持ってきた食器類は、いったんここに収納した。だが、あとで別の場所に入れ直そう。悪い」

 嶺さんが申し訳なさそうにする。そっか、私の身長では上の段に届かないから。

「台に乗れば届きますし、このままで大丈夫です」
「いや、君が怪我をする危険がある。移動させるから……しかし、俺と知沙で食器がバラバラなのはいただけない。買いにいくか」