だけど口調と裏腹に、社長はふっと口元をゆるめた。

「……社長がそんなかただなんて知りませんでした」
「俺も、知沙がそんなかわいい反応をするのは知らなかった。早く名前を呼ばれたいものだな」

 社長のほうを向くと、目が笑っている。

「嶺さん、それ以上からかったら出ていきますからね」
「……」
「嶺さん?」

 せっかく名前を呼んだのに無反応。これでも勇気を出したのに。
 あれ、と思って顔をのぞきこもうとしたら、社長……じゃなくて嶺さんは片手で顔を覆ってしまった。ずるい。

「嶺さん、嶺さん? あの、恥ずかしい思いを我慢して呼んだんですから、せめて顔を見せてください。れ……」

 もう一度呼ぼうとしたけれど、嶺さんの手に口を(ふさ)がれるほうが早かった。

「知沙、君に呼ばれると俺は色々危ない」

 どうしよう。じわじわと顔に熱が上ってくる。
 諭すような口調ながら、どうしてか熱がにじんだ目で見つめられる。塞がれた唇には、硬い手のひらの感触。
 ようやく手が離れたとき、私は半分涙目で嶺さんを見あげた。

「危ないと言われても……では社長のままで」
「ダメだ。職場以外では名前を呼んでくれ。いいね?」

 真剣な目に抗えず、こくこくとうなずく。
 そのときだった。

「――すみませーん、作業終わりました。確認お願いしまーす」

 業者の若いお兄さんたちの声に、私は弾かれたように嶺さんから飛びすさった。