「離婚を切り出された」
「離婚もなにも、実質的には始まってもいないのに? それは残念」

 深行は中学生の同級生だ。当時、深行は女性に警戒心を抱かせない独特の雰囲気から〝いい人〟であり〝恋愛対象外〟扱いをされていて、女子が意中の男子に告白するときに仲立ちをよくさせられていた。
 そうやって俺のところにも女子のお遣いのような形で何度か来るうちに、女子そっちのけで親しくなった。
 大学ではお互い離れたが、深行が若手ながらやり手の弁護士として活躍しているのを知り、父である前社長に紹介した。
 以来、会社のこともプライベートでもなにかと頼りにしている。

「で、どうするわけ?」
「離婚はしない。だが、彼女に嫌な思いをさせた……と思う」

 自分のことよりも俺のことばかり心配する知沙に、気がつけば『甘えてみればいい』と口をついていた。
 大きな目を驚きで丸くした知沙の顔がよみがえる。()んだ目だなと思った瞬間には、引き寄せられるように顔を近づけていた。
 途中でわれに返らなければ、あるいはそのまま――。

 その先を続けそうになり、とっさに頭から振り払う。
 形の上では夫婦でも、実際は上司と部下。夫婦どころか恋人ですらない。
 知沙があれから仕事以外では俺と目を合わせようとしないのも、離婚したがる知沙の内心を思えば当然だった。つまりは……しくじったのだ。
 続きを口にしない俺になにを思ったのか、深行が笑う。

「……好きになったんだ? 羽澄さんのこと」

 とっさに答えあぐねる。そうなのだろうか。自分で心の内を探る。
 思えば、最初に心が動いたのは初対面の日だった。



 ――三年前の五月。
 墓参りを終えて知沙と彼女の弟と近くのカフェに場所を移した帰りだった。