「たまには甘えてみればいい。俺が受け止める」

 心臓がひと跳ねして、私は布団の下でぎゅっと両手を握り合わせる。

「社長が……ですか? そこまで部下のためになさらなくても……っ」

 心なしか甘さを覗かせた社長が、私の髪を指先でもてあそぶ。

「では、こっちから甘やかそうか。さいわい夫婦だから、問題はないだろう」

 また冗談ですか、なんて軽口が言える雰囲気じゃなかった。熱っぽい目は真剣だった。
 優しく言い含めるような口調のせいか、ふしぎと反論の言葉も出ない。だけど、どうしてと言葉にならない疑問が頭をぐるぐる回る。

 社長が私の髪を離す。こちらを向いたまま、片肘をついて頭を起こした。
 深い色合いの目がなぜか切実さを帯びて細められ、端整な顔が近づいてくる。思わず目を閉じた。
 心臓が早鐘を打つ。このまま、社長の視線にからめ取られたら――。

「……っ」

 ふ、と苦笑にも似たやわらかな吐息に睫毛が震える。目を開けたときにはもう、社長の顔は離れていた。

「おやすみ」

 混乱する私を置いて、社長は何事もなかったかのように寝息を立て始める。
 さっきの表情は、なんだったの……?
 聞きたかったけれど、聞けない。ほんの一瞬、切ないほどの熱情を感じた気がしたのに。

     *

「……あれは危なかった」

 応接テーブルを前についぼやくと、顧問弁護士らしく書類を見ていた向かいの深行が「なんだ?」と身を乗りだした。
 週が明けた月曜日、俺は提携企業と締結を進めている契約について確認させるため、深行を呼び出していた。応接テーブルの上には社内で作成した契約書のドラフトが広げられている。
 深行の質問を無視して、ガラスの向こうを見やる。知沙は自席で作業中だった。
 調光ガラスのスイッチをオフにして、曇りガラスに切り替える。こうしておけば、秘書に見られたくない機密性の高いやり取りも可能だ。