ふっと意識が浮きあがって、私はぼんやりとした頭でまばたきを繰り返した。
 あれ……私、なにをしてたんだっけ。
 社用車とは異なる硬い座り心地に、ああタクシーに乗ったんだっけと気付く。

 たしか、さっきまで社長と隠れ家みたいなバーにいた。離婚の話は平行線のまま、いつのまにか、お酒を飲みすぎてしまって……。
 爽やかな初夏の森林のような香りが鼻腔をくすぐる。この香りを知っている。
 ――社長の香り。
 私は弾かれたように隣に座る社長の端整な横顔を見あげた。

「すみません! 私、眠ってしまって」
「起きてくれて助かった。社員寮に送るべきだとは思うが、社員に見つかればなんらかの釈明が必要になる。君の同意を得ておきたかった」

 私は申し訳なさと羞恥で頭を深く下げる。いたたまれない。しかも呑気にうたた寝だなんて。
 ええと、それで社員寮に送ってもらうか、だっけ。

「見られたらちょっと……ひと筋離れた場所で降ろしていただけますか?」

 社長に介助されて社員寮に戻ったなんて、誰かと鉢合わせしたら翌日どんな騒ぎになるか。
 あの社員寮に住む社員は全般的に帰りが遅い。まして金曜日の夜だ、この時間ならほぼ間違いなく誰かとは顔を合わせることになる。
 想像しただけでめまいがする。

「しかし、足元がふらついている君をひとりで帰すわけにはいかない」
「そんな。着くころには酔いも冷めますし、ご心配いただかなくても」
「知沙」
「っ!」

 どきっとして危うく変な声が出そうになった。

「部屋まで黙って俺に介助されるか、今夜は俺の部屋で寝るか。どちらかだ」