しかも会社では聞いたことのない、艶を乗せた声でよけいに困る。追いつめられた小動物みたいに、心臓が騒いでしまう。
 跳ねる心臓をなだめようと、お代わりしたカクテルを半分ほど一気に呷ると、頭の芯がくらりとした。それでも鼓動が収まらない。
 うろたえてもう一度グラスに手を伸ばしたとき、その手を社長に掴まれた。

「酔ってるな? 今日はそこまでにしたらどうだ」
「酔ってなんかいません」

 掴まれた手に、社長の熱が伝わってくる。そのとたん、かあっと頬が熱くなった。

「っ……社長は、働きすぎです」

 社長があっけにとられた様子で手を離す。
 なにを言ってるんだろう。そう思っても止まらない。こうなったらもうやけっぱちの気分で続ける。

「少しは休んでください。会食が終わっても、また会社に戻って仕事をしていると聞きました。朝も私より一時間以上早く会社に来ておられますよね。なんでもないふうに働いておられますから、誰もが社長は超人だと言いますけど……じゅうぶん眠れていないんじゃないですか? 顔色だってあまりいいとは言えません」
「……それが問題なのか?」

 問いつめる様子だったのが嘘のようにぽかんとした顔だ。ひょっとして顔色の悪さに自分で気づいていなかったの?

「問題に決まっているじゃないですか。最初にお会いしたときもそうでしたし、香港支社でもそうだったと聞きました。明らかに働きすぎです! これじゃ、いつ倒れてもおかしくありません。心配させないで――」

 やだ、なんてことを口走ってるの。感情に任せて……これじゃ、ただの説教とおなじ。
 酔いと後悔の入りまじった鈍痛にたまらず頭を抱えたら、隣の空気がやわらいだ気配がした。おそるおそる社長の横顔をうかがう。
 社長が目元をほんの少しゆるめて、笑っていた。

「問題点はわかった。では、知沙がこれから俺の体調管理をすればいい。それで解決すると思わないか」

 抗議しようにも、その瞬間、言葉がすべて頭から吹っ飛んでしまった。
 思いがけない笑みに、魅入られたせいで。