なにこれ美味しい。頬が落ちそう。私はひと口食べては目を細め、無意識に頬に手を当てた。
 生ハムは口の中で溶けて味わい深い風味が広がる。
 前菜のカポナータは、野菜が大きめにカットされてカラフルな見た目ながら、さっぱりとした口当たりでくどくない。キャロットラペは、酸味と甘みのバランスが絶妙でクセになる。

 キッシュも、ドライトマトを使っているからなのか、甘味がチーズの重さを適度に緩和してくれて口触りが思いのほか軽やか。
 先輩たちと昼の予定が合えば、おしゃれなお店に行くときもある。けれど短い昼休憩のあいだのことなので、味わって食べる時間がないのが実情。家では作り置きしても味が落ちない煮物が中心だし。

 いつしか社長の分を取り分けることすら忘れて夢中で食べてしまっていると、頼んだ覚えのない料理が運ばれてくる。

「俺のおすすめだ。口に合うといいんだが」
「ありがとうございます」

 すっかり食欲に従順になった私は緊張もどこへやら、社長が頼んでくれた料理を次から次へとお腹に収める。ようやく落ち着いたころ、社長が切りだした。

「回りくどいのは好まない。『契約について』と言ったが、どんな用件だ?」

 お代わりをしたカクテルに口をつけてカウンターに置くと、私は社長に向き直った。どう言おうか整理しながら、カクテルを口に運ぶ。

「雇用契約を、解消してください。離婚を……お願いしたいと思います」
「理由は?」