私は契約書を食卓兼パソコン机にしているローテーブルに置くと、気分をすっきりさせるためにアップルミントのハーブティーを淹れる。
 カフェインが苦手だからでもあるけれど、ハーブティーは私にとって数少ない贅沢のひとつ。様々な種類を揃えている。
 お気に入りのマグカップに注いでテーブルにつき、爽やかな香りをたしかめながらゆっくりと飲む。
 だけど今日ばかりは気分が晴れない。
 ひょっとして新社長がこのひと月のあいだ契約の件を一度も口にしなかったのも、私を覚えていなかったのではなく。

「私に接してみてがっかりしたからだったりして……」

 社長が常に仕事の顔しか見せなかったのも、そのせいでは?
 私のことは覚えていて自分付きの秘書にしたが、いざ一緒に仕事をしてみたら期待が外れた。だから仕事だけの関係に徹する……というほうがしっくりくる。
 ハーブティーはすっきりとして苦味はないのに、思わず顔をしかめてしまった。それはそれでダメージが大きい。

 でも逆に考えれば……離婚するなら今のうちだ。

 三年前は私にも契約結婚に同意するだけの切羽詰まった理由があったけれど、今はこの契約がなくてもなんとかなる。
 それにこの三年間、最初から形だけの関係のための契約だったとはいえ、私が妻として社長に差し出せたものはなにもなかったと思う。それが申し訳ない。

「そうだよね。これ以上続ける理由もないし、会社の人に気づかれる前に離婚して、結婚自体をなかったことにすればいいんじゃない?」

 心が少しだけ軽くなった気がして、私はぬるくなったハーブティーを勢いよく喉に流しこんだ。
 契約書を封筒に戻し、オフィス用のショルダーバッグに入れる。

 明日にでも、社長に時間をもらって話をしなくちゃ。