「知沙、私は君のためを思ってこの男に釘を刺してやっただけだよ。それを……これまでもあんなに面倒を見てやったのに、その態度はいかがなものかな。天国の弟も、知沙には家族の情がないのかと嘆くに違いない」
「伯父さん、私は伯父さんのお人形ではありません」

 これまでの私なら、きっと言えなかった。
 伯父さんに反発すればあとでどんな報復があるか、昴にまで迷惑がかかるのではないか。そう思うと、恐怖で身がすくんで強く出られなかった。
 だけど嶺さんがいれば、怖くない。

 この人となら、なにが起きても大丈夫。そう思えるから。

「私も、嶺さんを愛しています」

 言うと同時に、私も契約書を思いきり破いた。紙の裂ける音がやけに大きく響く。いつのまにか席を立っていた不破さんが破れた契約書を受け取り、私の肩を押して嶺さんの隣に座らせた。
 嶺さんが、私のことをどこまでも包むような優しい目で見つめる。さっきまでの緊張が一気に解けて、心臓がとくんと跳ねた。

「さて、ここからは昔の話をしましょう」

 嶺さんが伯父さんに向き直ると、膝の上で手を握り合わせる。冷然とした表情に、私に向けられたものでもないのに心臓が縮こまった。

「羽澄さんは、弟さん――羽澄尚(なお)(ふみ)さん死亡の際、遺産相続の権利がご自身にないにもかかわらず、尚史さんの妻である(あり)()さんを騙し、遺産を取りあげた。そしてその金の存在を、正当な相続人である知沙と昴君には黙っていた」
「えっ……?」

 思わず息をのむ。伯父さんがことさらきつく眉を寄せた。

「羽澄さんは先ほど知沙に『面倒を見てやった』とおっしゃいましたが、それはせしめた遺産の額からいえば大した額ではないでしょう。知沙と昴君には、じゅうぶんな遺産が残されていた」
「そ、んな……じゃあ伯父さんは、お父さんのお金を騙し取っておいて、私に短大の金を出してやったと……出してやったから呼び出しには応じるようにと言ったの……? 私たちが……お母さんがどれだけ苦労してるか、知っていたのに!?」
「短大には行かせてやったじゃないかね。感謝してほしいくらいだよ」
「ひどい!!」

 たまらず声を荒げた私の肩を、嶺さんが抱き寄せる。