「話があるの。知沙ちゃんに謝らなければいけないことがあって」
「なんですか?」

 首をかしげる私は、笠原さんに連れられて役員専用の応接室に足を踏み入れた。
 人目を避けたいから、と笠原さんは手にしていたタブレットを操作して応接室を三十分間予約する。
 所在なく立ち尽くしていると、笠原さんに応接セットへうながされた。
 向かいに座った笠原さんはしばらく逡巡した様子だった。けれど、やがて常に持ち歩いているファイルから一枚の紙を抜き取り、私の目の前に置く。
 それを見たとたん、私の顔から血の気が引いた。

「どうしてこれを……!?」

 紛失したはずの雇用契約書だった。

「社内文書をお客様に発送しかけた日のこと、覚えてる? あの書類を発送物に紛れこませたのは私。知沙ちゃんのミスじゃないわ」
「嘘……」

 二の句が継げない。

「事実よ。最初は、あの書類を知沙ちゃんの机の引き出しに入れるつもりだった。そうしておいて、書類の紛失が騒ぎになったころに知沙ちゃんの机から出てくるように仕向けようとしてた。それで社長室が空になる隙を狙って、あの引き出しを開けた」
「どうして……? それに鍵、は」

 あまりに信じられない話で、尋ねる声がかすれる。
 だけど契約書を仕舞っていた引き出しには鍵をかけていたはず。
 笠原さんは、ヘアピンで開けたと事もなげに答えた。ますます耳を疑う話だ。笠原さんがそんなことをするなんて、信じたくない。

「中から雇用契約書なんてものが出てきたんだもの。驚いたわ、ううん、驚いたなんてものじゃない。ショックだった。社長の妻が、知沙ちゃんだなんて……私が選ばれないなんて、こんなことってある?」

 なにをどう言えばいいんだろう。