私は新社長に、三年前から彼の妻として雇用されている。

 といっても実際には名義を貸すのに似た感じで、実生活は独身のときと変わらない。
 だから私たちが夫婦だと知るのは、社内では東堂時計の顧問弁護士と総務部長だけ。その総務部長も、苗字こそ違うけれど東堂家の人だ。
 さらには、この契約の存在を知るのは顧問弁護士のみ。

 ……なんだけど。
 ランチのときのふたり――特に笠原さんの様子を思い返すと、深いため息が出る。
 これまで新社長は専務兼香港支社長という職位で香港にいたので、指輪もせず旧姓で仕事をしていれば誰にも気づかれる恐れはなかった。
 それ以前に、弟の学費を捻出するために職場以外での付き合いをほとんどしなかった私だから、恋愛や、まして結婚とは無縁だと思われていてもふしぎじゃない。

「でも、これからは毎日、社長と顔を合わせるし……バレたらどうしよう」

 無意識に、声に出してぼやいていた。
 私が社長の結婚相手だなんて知れたら、笠原さんたちはなんて言うか。
 騙しているみたいで気が重い。

 それに笠原さんの話で気づいた。形だけとはいえ、私が妻だなんてどう考えても釣り合いが取れない。身分不相応という言葉が頭をよぎる。
 料理はあくまで家庭料理の範囲を超えないし、お茶やお花なんてやったこともない。
 社長の妻に求められるような素養は……ない。

 お腹の辺りがずんと重くなってくる。