「え……」

 思いがけなく真剣な声をした嶺さんに、ぎこちなく作りかけた笑顔が固まる。
 嶺さんはキッチンに入って手を洗うと、なに食わぬ様子で、リビングの入口で立ち尽くしていた私を呼んだ。

「なにを作るんだ?」
「あ……(とう)(がん)のお味噌汁と茄子の煮浸しはできているので、あとは豚肉と野菜をピリ辛に炒めようかと」

 私もキッチンに戻り、おずおずと嶺さんの隣に立つ。ほんとうは別のものを作るつもりだったけれど、男性はお肉をがっつり食べたいものだとも聞くし。

「うまそうだ」

 嶺さんがお味噌汁の小鍋をのぞきこんで、目を強く輝かせる。嬉しいのにつきんと胸が痛んで、私は思わず嶺さんから目を逸らした。
 なるべく嶺さんの顔を見ないようにして、野菜を切る。嶺さんは気にした様子もなくピーマンのわたを取ってくれた。

「これまでも自炊していたのか?」
「はい。中学のときから作っていましたから……ひとり分だけ用意するのも、食材のやりくりも得意です」

 母が亡くなってからは昴と予定が合うことも少なくて、夜はたいてい別々。ひとりきりの食事も慣れている……けど。

「創業記念パーティーが終われば、接待も落ち着く予定だ。もっと、こんなふうに知沙と過ごしたい」

 耳に届く声が甘い。じわりと頬が熱くなった。
 嶺さんと手分けして野菜を切る。作業は思いのほか楽しかった。キッチンが広いので、ふたり並んでも悠々とスペースを使えるのもいい。
 あたためたフライパンから、にんにくと胡麻油の香ばしい匂いが立つ。先に火を通して取り出しておいた豚肉と豆板醤を絡めて炒めれば、主菜の出来あがり。
 嶺さんが棚から出してくれた皿に盛りつけ、ご飯や副菜とともにダイニングテーブルに並べる。

「いただきます」

 ふたりで手を合わせるのも、家の中だと新鮮に感じる。
 あとは嶺さんの舌に適えばいいのだけれど。
 流れるような所作で料理を口に運ぶ嶺さんを、かすかに緊張しながらちらちらとうかがう。
 それにしても、おかわりまでしてくれて清々しいほどの食べっぷり。目元もほころんでいるように見える。

「……うまいな。ほっとする」
「よかったです……」

 胸を撫でおろしたら、幸せな気分がひたひたと満ちてきた。