「どうしよう。」
蹴られた体に激痛がいつまでも走り続けていた。
泣きそうな顔を誰にも見られたくなくて、パーカーのフードを被った。
「ふぅ」
少しづつ心が落ち着いてくる。でも、心にしこりは溜まったままだった。
「取り敢えず、寝床探さないと。」
私は家に帰りたくない、というか家出中なので、族の倉庫で寝泊まりをしていた。
本来ならばまだ17歳の高校2年生なので、自力ではなにも出来なかった。
「、、、ネカフェでも行こうかな。」
スマホの地図アプリで手短に安いネカフェを探し、そこに泊まることにする。
スマホを見ながら歩いていると、頭から何かが降り注がれた。きっとお酒なのだろう。アルコールの酒臭さが頭から漂ってくる。
ゆっくりと目の前を見上げる。そこには、金龍の幹部である、ミタケとカザマだ。もう1人の幹部は一緒ではないらしい。
カザマが私の頭にお酒を掛けたようだ。カザマの手には、逆さにされたストゼロが握られていた。
カザマは確か未成年のはずだが、お酒もタバコも吸う。
「お前、サクラのこと虐めてたんだろ。これだから少年院から来たやつは嫌いなんだよ」
私が知っている金龍のメンバーのなかで1番低い、淡々とした声が私を非難する。
カザマは声こそ低いが、それが心地よく、良い奴だ。でも、サクラちゃんのことを密かに想っていたことは知っている。
サクラちゃんはもう1人の幹部、ミルの彼女だ。サクラちゃんはよく、自分だけが見るの本名を知っていると、よく自慢をしていた。
まあ、サクラちゃんに彼氏が居るということは、当然カザマの恋は失恋で終わるわけだ。

「ちょっとカザマ、俺も少年院出なんだけど。それ俺も同時に馬鹿にしてない?」
隣にいるミタケがカザマに不満を漏らす。
私は14の頃に街中で暴れて通報された。まあ、そのことは族の皆には言ったことがない。ただ冗談混じりで『少年院行ったことあるけど、苦しかった〜』と言った程度だ。覚えていたことに感心する。
ミタケは確か、同級生を刺したかなんだかだった気がする。
夜の世界では刺したとか、刺されたとかは日常茶飯事的なところがある。実際、ミタケも自慢気味に話していた。
「あ、いたんだ〜。裏切り姫。カザマとミルに殺されちゃうかもね?俺は個人的な恨みはないけど、やっぱ落とし前はつけて欲しいよね。」
多分喧嘩したいだけなんだろうな、と思いながら戦闘態勢に入る。といっても、2人は私が喧嘩出来ることを知らないので、せせら笑っているが。
ミタケが手の関節をボキボキと鳴らす。まるで喧嘩を始める予鈴のようだ。
カザマが中に残っていたストゼロを捨てる。そして手に残った空き缶を握りつぶした。
それが合図だと言わんばかりに、ミタケが殴りかかろうとしてくる。
それを避けようとすると、目の前に人影が現れた。
咄嗟のことで理解出来ないでいると、ミタケが後ろに吹っ飛んでいくのだけが確認できた。
「お前誰だよ」
カザマが静かな声で問いかける。
「ただのヤクザだ。」
人影の持ち主の声が聞こえてくる。顔こそは見えないが、声には威圧感が含まれていた。
カザマがヤクザという言葉に反応する。
そういえば、まだ金龍はヤクザと絡んだことがなかった。暴走族はだいたいヤクザが上にいるのだが、金龍はそうではなかった。
そのため、カザマはヤクザ慣れしていないのだ。
私は親が水商売を経営しており、よくヤクザのお客さんと遭遇することもある。そのせいで私はヤクザに対して耐性が着いてしまった。

「、、、っハル、覚えとけよ!」
そんなクソダサい捨て台詞を吐いたのち、気絶しているミタケを引きずって走っていった。

「ありがとう」
助けてくれたヤクザさんにお礼を述べると、ヤグザさんがこちらを振り向いた。
どうせ厳つい奴だろうと思っていた為、その容姿に驚愕した。
釣り気味な昏い瞳に、長いまつ毛がついていた。美しいその瞳は、人の視線を無意識のうちに集め、恐怖に陥れるほどに底知れない何かを感じた。鼻は筋がスっと通っている。唇は綺麗に真っ赤なリップが塗ってあって、とても色っぽかった。その赤を目立たせるように、質の良い艷めく黒髪は濡羽色だった。

「いいよ、礼なんて。僕にとっては些細なことだ。」
一人称が俺なことに驚きながら、再び感謝の意を伝える。
「本当にありがとうございました。この恩は忘れません。」
少し大袈裟に言うと、くすくすと笑われた。
「いいよ。本当に。そうだ、僕の名前はヤナギ。君は?」
「私はハル。というか、アナタ柳組の若頭?」
私がそう聞くと、彼は困ったように笑って見せた。
「それは僕の兄。僕は出来損ないだからね。組の役職にすら付けない。というか、よくヤクザの名前なんて知ってるね?ヤクザ関係?」
普通の人は暴走族の名前もヤクザの名前も当然知らない。つまり、私を裏世界の人間と判断したようだ。
「うちの店のお客さんに柳組の人がいたのよ。若頭が凄い美貌の持ち主だって騒いでた。」
昔、母が経営しているキャバクラで柳組のお偉いさんがいた。太客で、うちのNo,1キャバ嬢のエースだったから覚えている。
「ははは。確かに兄もカッコイイが、僕には劣るね。」
キラキラのオーラを発しながらそう話す彼には、何故か凄まじい説得力があった。

「ふう。にしても、君さっき喧嘩しようとしてたでしょ。僕がいなかったらあの二人は死んでたかもね。僕に感謝してくれたらいいのに。」
どうやら、先程の動きは私を守るためではなく、2人を守るためにとった行動らしかった。
「殺しはしないよ。まだ情は持ち合わせてるつもり。」
「どうだか。まず、なんで酒を浴びてたの?恨みでも買った?」
「私が濡れ衣を着せられただけ。アイツらは元々同じ族の仲間。って言っても私は姫だけどね。ソウチョー様の彼女。」
さっきの1件で別れたが。
「え、じゃあ今フリーなの?引き抜いていい?」
「んなホストじゃあるまいし。フリーだけど。」
「じゃあ一緒に暴走族作ろうよ。暴れ回ろ。」
ヤナギが目を爛々と光らせる。その姿は可愛いが、理由はおぞましい。
「あのね、今暴走族って人数減ってるから、金龍とかみたいに歴史がないと族っていうほど集まらないよ?」
金龍にはおよそ70人の団員がいる。そんなバブルとか昭和でもないので、年々暴走族は減ってきているのだ。以外にも70人でも凄いほうなのである。最近では10人単位の族も多い。
「別に人数は求めてないよ。強さが大事。でしょ?」
滅茶苦茶だが筋の通っているように見える理由だ。しかし、たった2人だけの暴走族なんて恥ずかしくないのだろうか。
「じゃあ行こうか。ハル。君が総長で、僕が副総長兼バックのヤクザの切り札だ。」
まだ出会って間もない奴に一緒に組めと言われても困惑するし、信用など出来ないが、私は面白い話には惹かれやすい。
「ちゃんとした倉庫用意してね。」
私とヤナギは共に夜の街を歩き出した。
一瞬、赤い光を浴びたヤナギが美しく、恐ろしく見えた。