「お前、クソだな。」
、、、え?
思考回路が凍結する。昨日とは全く違うカズマの対応に、全身の毛が逆立つと共に、脚が小刻みに震えた。
東京の夜。ネオンがどぎつい光を放ち、私たちを明るく照らす。
そんな、薄暗い路地裏。
「何言ってんの?私、なんかしたっけ。」
最近のことを振り返ってみても、そんなことを言われる覚えは微塵もない。
確かに、カズマは怒りやすところがあったが、こんなに本気な殺気を放たれたのは初めてだ。
「記憶喪失か?じゃなきゃわかるだろ。」
サツキが私に鋭い棘を放つ。サツキの厳つい金髪が、私に威嚇しているようだった。
「ハルちゃんがやったんでしょ!?私のこと貶して、虐めて、、、!さいっていだよ!」
俯きながら、サクラちゃんが叫ぶ。私と同じ姫として、仲良くしてきた。
そんなサクラちゃんを貶した覚えも、イジメた覚えもない。
4人の間に鋭い空気が放たれる。それは私の喉を引っ掻いて噛みちぎるのではないのかという程に、私を攻撃していた。
思わず萎縮してしまう。カズマとサツキはうちの族、金龍(きんりゅう)の中でも1番と2番を争うほどに強い。
カズマが総長で、サツキが副総長という肩書きはあるが、強さに違いはほとんどない。
サクラちゃんもヤクザのご令嬢と聞いたことがある。敵に回しては社会的に抹殺されるだろう。
完全に逃げ道もなく、見方もいない状況だった。
一瞬、争うという言葉が脳裏をよぎった。
殴りあったことは無いが、勝てると思う。
でも、私の体には、今までの記憶が染み込まれていた。今こそこんな状況だが、私は3人のことが好きだ。喧嘩はしたくない。

「ハルちゃん。残念だけど、私はハルちゃんと一緒にいれない。もう、バイバイだね。」
カズマとサツキが前に出てくる。その表情には、憎しみと憎悪が張り付いていた。
後ろにいたサクラちゃんは、泣きそうな顔をしていた。もしかしたら、サクラちゃんはなにか勘違いしているのかもしれない。
「サクラちゃ、、!?」
サクラちゃんを説得しようと試みるが、その前に私の顔目掛けて拳が飛んできた。
咄嗟に避けるが、足がよろけて転んでしまう。
「お前、姫降りろ。」
総長のカズマから下された判断は、絶対だった。
後ろにいたサクラちゃんに助けを求めようと、サクラちゃんに視線を向ける。
サクラちゃんは、笑っていた。
小馬鹿にするような目を向けられる。まるで、私を惨めに、そして哀れに思っているかのような表情だ。
それを認識した瞬間に、顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。
悲しみとか、怒りとか、羞恥心とか、失望感とか。
色んな負の感情が混じりあって、魔女の大釜の中でかき乱される。
私の感情をかき乱す魔女が、サクラちゃんのように見えた。
前に視線を合わせると、さくらちゃんとはまた違う、威圧感のある目を向けてきた。
「さっさと消えろ。」
カズマの声音が、今まで聞いたことが無いほど地に響くようなどす黒い声だった。
「あ、、、カズマ、サツキ、、、私じゃない。私じゃないよ!」
今更になって抵抗する。もう遅すぎた。2人は完全にさくらちゃんの手の中だ。私の手駒にすることはもう出来ない。
「私は、皆のことが大切だよ!?なのに、なんで、、、」
ずっと否定する私をサツキが蹴りあげる。
地にへたりこんだ私は、もう抵抗してもどうしようも無いことを悟った。
「消えろ。」
その言葉を最後に、私と彼らの信頼という名の糸は切れた。
ヨロヨロと立ち上がる。殴られるよりも、蹴られるよりも、心がいちばん痛かった。
「もう。関わらないから。」
そう言って、私はその場を立ち去った、サクラ並木が続く、東京の0時だった。