「どこ行くの? もう夜だし、危ねえよ」

「……、別にわたしがどこに行こうと薫には関係ないんじゃないかな」


 薫の優しさも今は素直に受け取れない。


「……ごめん。迷惑だよな」

「……うん」


 お互い気まずさを抱えたまま、短く言葉を交わす。


 付き合っていた頃と今では、あまりにも違う距離感。


 わたしは薫から逃げるようにドアを開けて外に出た。

 夏の夜風が頬を撫でる。
 荒れた心に寄り添うようにまとわりついてくるしっとりとした温度が、ただ不快でたまらない。


 古びたアパートの階段を下りて駐輪場に向かう。


 後ろから薫が付いてきている足音がするけれど、わたしは気にせず自転車のロックを外し、またがった。

 ──その時。


 自転車の荷台に人一人分の体重が加わるのを感じた。
 振り返ると、にっと笑みをたたえた薫が荷台にまたがって座っていた。


「……降りて」

「嫌だね」


 薫はいたずらっ子のように右の口角を上げた。

 急な薫のキャラ変に付いていけなくて、盛大なため息を吐き出す。


「ねえ、はなび。俺に少しだけ、はなびとの時間をくれない?」


 澄んだ瞳がわたしを見つめる。

 逃げ出したいという気持ちと、ちゃんと向き合わなければという真逆の気持ちがせめぎ合う。