私は家についてすぐ,胡座をかいていた明に,そう言った。

明が怖い顔をする。



「一花,何いってんの」

「私,好きな人が出来たの。その人の,彼女になりたいの。だから…っ」



明の彼女ではいられない。

そう言おうとして,出来なくなる。

明が私に近づいた。

身体が強ばる。

叩かれる,そう予感して目を瞑ったら。

ドンッと腹部を蹴られた。

喉の奥で悲鳴があがって。

予想出来てなかった痛みに,私はよろける。

散らかった部屋。

よろけて足をついたところで,何かをふんずけて私は転んだ。

痛い。

そんなことを思っている暇もない。

治っていない首もとの痣,新しく狭い部屋の壁にぶつけた肩。

恐る恐る見上げると,私の長い髪の毛を,慣れたように掴み上げた。

髪の毛が長い分,痛みはまし。

けれど,頭皮が引っ張られるのは,それなりの恐怖がある。

あぁ,ずっと守ってたのに。

どんな時も,明にとって掴みやすい髪。

それでも私は切らなかった。

ままが,綺麗って褒めてくれたから。

でも…

昔は,お母さんもこうじゃなかった。

お父さんに裏切られて,おかしくなった。

私のこと,心の底では忘れてないんだと思う。

私一人に,たった一月であんなにお金はいらない。

それでもあんな大金置いていくのは,それなりに心配してくれてるからだと思う。

それを信じてたから,私は髪を伸ばしてた。

伸びすぎたりして,自分で切ったりしても。

この長さは変えなかった。

もう変える。

私は目についた,食品の封でも開けたらしい,転がった鋏を手に取った。

明の手を傷つけても仕方がないくらい,目を瞑って勢いまかせに髪を切る。

思ったより短くなって驚いたけど,もういい。

急いで横に身体をスライドした私は,ドアの前まで走ると,もう一度言った。



「明,私と別れて」

「~っふざけるな! どうせお前もバカにしてたんだろ! 親にも見捨てられて,大学にも行かず,単位も落としそうで。バイトも続かなくて」

「そんなこと」

「いっつも澄ました顔して! …ずっと俺のことだけ考えてれば良かったのに!」