結局山は越えたものの、廉君は昏睡状態に陥った。私は蒼太君やいつの間にか上手くいっていた大西さんと一緒に毎日のように病院に通ったけれど、一度も目を覚ましていない。

「廉君。今日は大事な話があるの。」
 ある日、私は蒼太君と大西さんに一人で廉君に会いたいからと言って、昏睡状態になって初めて一人で病院に来た。ベッドの脇の椅子に座り、廉君の白い顔を眺める。酸素マスクをして点滴や何か良くわからないチューブみたいなもので繋がれている姿は痛々しくて直視できない。でも今じゃないと伝えられない。いや、伝えなきゃいけない。そう思って意を決した。

「廉君、好きだよ。」
 応えるのは廉君の心電図の音だけ。それでも良かった。廉君はこんな時でもちゃんと私の話を聞いてくれていると思えるから。

「ホントはね、廉君が私の事好きだって言ったから私もそうなのかなって軽い気持ちなんじゃないかって思ってたんだ。でもそうじゃなかった。貴方の事を見てると楽しいの。貴方の笑顔を見ると嬉しくなるの。貴方の悪戯っ子みたいな顔でも可愛いって思えるの。これって本当の恋なんだよね?」
 目の前がぼやけて見えなくなる。乱暴に涙を拭いながら続けた。

「ちゃんと意識がある内に伝えられたら良かったのにね。ごめんね……?」
 後から後から溢れてくる邪魔な涙に遮られながらも、私は廉君に自分の想いを伝えた。
「生まれ変わったら、恋人になってくれる?」
 泣き笑いの表情になっていたかも知れない。でも今、一番伝えたい事だった。

「え……?」
 その時、繋いでいた手がピクリと動く。慌てて廉君を見るも相変わらず両目は閉じたままだ。でも私にはわかった。今のは廉君なりの返事だと。

「ありがとう。」
 両手で廉君の右手を掴んでおでこにつける。また溢れてきた涙を、今度は拭う事もしなかった。


 これから先、長い人生だから、好きな人が出来てその人からも好きになってもらって結婚もするだろう。子どもも生まれて幸せな生活を送るだろう。でもこんなに儚くて優しい気持ちに包まれた恋はこれが最初で最後になると思う。

 こんなにも一人の人の事を思い、涙し、楽しかった日々を思い返しては笑い、心が暖かくなる。
 これまでの行いを反省して前に進み、自分に自信が持てたのは彼のお陰だった。
 仲間も出来て心から信頼し合える友達も持てた。全部、全部、彼がいたからだ。

 私は彼が旅立った後、一回も泣いていない。それは悲しくないからじゃない。泣いたら彼が悲しむから。泣いたのはあの、告白をした日が最後だった。いつも笑顔の私を、天国にいる彼も笑顔で見てくれているだろう。そう思えるから笑えるのだ。

 花火のように咲いて、花火のように散った私の精一杯の想い。

 ――これが最後の恋だった。

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