叱るわけじゃなく、やさしく諭(さと)すような言い方だった。
押し黙った坂田さん。
率いる吹奏楽部の部員たちは部活に遅れちゃうと言って、逃げるように教室を出ていった。
そして先生と、ふたりきり。
この放課後は控えめに言って大好きだ。
「……泣くか」
「泣かねえ!!ありがと先生っ、やっぱ未来の旦那さんって威厳が違うね…!」
「また適当なこと言ってんな」
「あっ、英語の補習プリント!確認おねがいしますっ」
先生は「採点する」と言って、いつもの定位置に座ってわたしのつたない練習音をBGMにした。
ありがとう、先生。
ちゃんと見てくれているひとが1人でもいるって、こんなにも嬉しいことだったんだね。
「ぶぶぶーっ、ぶーーっ」
口の形を作って、マウスピースを当てる。
この状態で正しく音階を鳴らせるようにすることが、わたしの今の試練だ。
「……ふっ」
「んっ?ぷはっ!そんな面白い顔してた…?」
「ああ。爆笑」
「言うほどめちゃくちゃ笑ってないけどね!?」
あのね、先生。
じつは先生が新米教師としてこの学校に来た去年の最初の頃は、わたしはとくに先生に惹かれることはしていなかったよ。