私の理想である晴さん、それは私の幻想だったのだろうか。


 今ままで目標にしてきたものがなくなってしまった、そんな気がした。


 じゃあ私はこれからなにを目標にしたらいいのだろう。目標があって、努力をして、それでも雲の上だと思って私なりに頑張ってきたのに。


 となりで月も浮かない顔をしている。月は強さにこだわってきた、自分が求めた強さに違和感を感じ、悠さんなら自分が求めた強さを持っていると思ったのだろう、でも悠さんは自分で全然強くないとはっきりと言った。


 今は月の気持ちがちょっぴりわかる。


 「腑に落ちない顔だね、ふたりとも」と、そんな私たちに悠さんが柔らかく微笑む。


 不思議な人だ、無邪気な子どものような一面を持っているけれど、私たちの内面を見透かすこの目はすごく歳の離れた大人だと感じる。


 「人は時間が経てば必ず変わっていく生き物、良いふうに変化するか、悪いふうに変化するかは、その人の心がけ次第。ふたりは早く成長したいって思ってるんだけど人ってすぐには変わらないんだ、だいぶ時間が経ってから昔はあんなことがあったなーとか思った頃に、やっと自分が変わったと自覚するもんなんだよ」


 「俺なんかがちゃんと良いふうに成長できるのかな」


 月が自信なさそうに呟いた。私も同感だ。自分にそんな自信など持てない。


 「ったく、理想の自分にあーなりたい、こーなりたいって願うのもいいけど。目の前の、自分や人の良いところに気づける見つけ上手になりなさい」


 目の前の、自分や人の良いところに気づける見つけ上手?悠さんの言った言葉に私ははっとした。なぜなら月が最近変わったことに気づいていたからだ。


 「月、お前は気づいてないだけでもう良いほうに変化していってるよ、今まではこわい顔して自分を守ってたけど、最近は自分の弱いところをたくさん見つけれるようになったんだろ、それってすごい気づきだ。あのな、お前が弱さを持っているように、他の人も同じように弱いところを持ってるんだ、その弱さをわかって寄り添ってあげれる人になりなさい、お前には人の弱さをわかってあげられる才能があるんだよ」


 続けて悠さんは私のほうを見た。


 「朝陽ちゃん、君には俺にはない天性の優しさがある、それは真似しようとしてもできるものじゃない」


 「ち、ちがいます。私なんか本当はなにも言えないだけで、人の目を気にしてるだけで…、そのうえ余計なことして人を傷つけて…」


 「なにも言えないじゃなくて、相手の気持ちを考えてなにも言わないを選んでいるんだよ、君は優しいね」


 「かいかぶりすぎです」と、私はふるふると首を振った。


 「そんなことないよ、本当に君は誰よりも優しい。その証拠に朝陽ちゃんは、俺の気持ちを考えて学校にいけないほどショックを受けたんだろ。人の気持ちを考えて、自分のことのように心を痛めることが君はできる、それってすごいことなんだよ。なかなかできることじゃない。でも優しい朝陽ちゃんにひとつだけアドバイス。これからは、ちゃんと『助けて』と誰かに助けを求めれるようになりなさい。それってすごく必要なこと。なんでも自分ひとりで背負い込まなくていい、人は完璧じゃないからひとりでできなくて当たり前、保育士の仕事だってそうだよ、現場ではひとりの力よりチームワークが大切なんだ。だから困ったときはちゃんと人に助けてもらうんだよ」


 悠さんの言ったことの全部を、経験の浅い高校生の私たちは半分もわかっていないのかもしれない。


 いつか人生という、膨大な経験を積んでいく時間の中でわかることのできる人になれるだろうか。


 でも今はひとつだけわかったことがある。


 なにも良いところなどない、そう思っていた私でも、悠さんに良いところもあるのだと教えてもらった。


 目の前の、自分や人の良いところに気づける見つけ上手、私もそんなことができる人になりたい。


 晴さんに似てるって言われたけど、私は晴さんになれるわけじゃない、今まで散々目指して頑張ってきてそう思った。


 それでも、私の憧れはやっぱり変わらずに『決して完璧ではない晴さん』のままだ。


 そして私には晴さんとはまたちがう、私の良いところがある、だから、良いのだ。


 さっき、あれほど大人びたことを言っていた悠さんだったが「あ、ひらめいた!俺せっかくギター弾けるから音楽作る!晴と約束したからカフェも開きたいのにー、やることいっぱいだー、あっ、またひらめいたっ!音楽ができるカフェにしよう、そうだ、それがいいっ」と、目を輝かせて子どものように月に夢を語っている。


 ふわふわしてて自由人な悠さんに、また晴さんの苦労を察して仏壇に目をやる、すると晴さんが呆れて笑っている気がして私もふふふっと笑みがこぼれた。


 すっかり日が暮れてしまった。悠さんの家から月とふたりで歩く帰り道。


 「朝陽、悠さんち一緒に来てくれてありがとな」


 「私こそ誘ってくれてありがとう。なんか悠さんと話したらいろいろすっきりしちゃった、今まで私が傷ついたり困ったりしたことが全部意味があるものだった、そう思えた気がした」


 「朝陽っ、あのさ」と、急に月が真剣な表情をした。


 「ん、なにっ?」と私も思わず身構えてしまう。


 「あ、朝陽に見せたいもんがある、今度、ちょっとついて来てほしい」


 「え、それって、もしかしてデート?」


 私は冗談のつもりで言ったのに「そ、そう…、かも」と、月が少し照れたふうに言うので私まで恥ずかしくなってしまう。


 「じゃあ、また連絡するわ」


 月が照れ隠しなのか、別れ道でさっと帰ろうとしたのがいやで「帰ったら電話してほしい」と、私は彼女でもないのに思わず言ってしまった。


 めっちゃ恥ずかしい、そう思っていると「俺も電話で話したいって思ってた」と月が言ってくれた。