「奥様、新聞が届きました」
「ありがとう」

 リリーから新聞を受け取り、早速読み始めた。男性社会の情報を掴むには新聞が一番早く、アマリアは少しでも情報を手にしたかった。とはいえ、読んだところで自分の旦那を手伝うつもりはない。
 そして当たり前だが、新聞には旦那である彼の名前が載っている。そして、アメリアは自分の旧姓も見つけた。

《ウォーカー公爵の支援を受け、ブラウン伯爵が新たな事業を展開》

 このような見出しから始まり、記事を読めば順調に事業が進んでいる様子が書かれている。そこに結婚がきっかけでなどは書かれていないが、社交界ではすでにアメリアたちの結婚は話題になっている。
 女性に一切の興味を示さなかったウィリアムが結婚相手を探し始めた時は「どんな女性と結婚をするのか」や「本当に結婚をするのか」など、色々な話が出ていた。
 あっさりとブラウン伯爵の令嬢と結婚を決めたことで、これもまた社交界はいろんな噂で持ちきりだった。
 アメリアは社交界デビューを済ませていたものの、ブラウン伯爵は自分の娘を恥だと思っていることから紹介をあまりしなかった。そのせいでブラウン伯爵にも色々な噂が立ったが、たかが娘一人の噂は長く持たない。だが、一瞬で消えたアメリアの噂は、公爵家に嫁いだことでまた立つようになった。
 ブラウン伯爵の娘はどんな子であったか、優秀なのか、スタイルや顔はいいのか、公爵にどうやって見初められたのか……色々な噂にあれこれと話を付け加えられているだろう。

「はぁ……」

 思わずため息が出てしまう。
 公爵であるウィリアムは、社交パーティーに出向くことも少なくない。もう少しすればアメリアも夫婦として出席をしなければならないだろう。
 過去に言われたことを思い出し、改めてそこでどんなことを言われるか想像をして絶望した。
 アメリアは記事を読むが、正直理解ができないものが圧倒的に多い。いくら貴族とは言え、女であるから勉学の教育はあまり受けていなかった。せいぜい読むことが精一杯で、理解はあまりできない。

(仕方ない、これも勉強よ)

 わからないなら経営の勉強をすれば良い。
 完全な理解や彼の仕事を手伝うまでのレベルにはなれないだろうが、知識を持っておいたって損はない。
 無謀かもしれないが、アメリアには夢があった。女性には難しいことだが、少ないながらもその夢を叶えている女性はいる。

「リリー、旦那様にお願いしてもらいたことがあるんだけど……」
「なんなりと、奥様」

 リリーは、アメリアの専属侍女だ。
 平民出身である彼女は十代前半から侍女として生活をしており、侍女の経験は比較的長い。そのため、ウィリアムが雇ってくれた彼女はアメリアと年齢が近いのにも関わらず侍女歴は長く、仕事も早くて的確だった。

「本を注文したいの」
「本……ですか?」
「ええ、小説本が欲しいわ。ジャンルは満遍なくほしいと伝えて」
「かしこまりました」

 リリーは戸惑いを見せながらも、しっかりとアメリアの願いを聞いてウィリアムの方へと出向いた。
 ここに来て数ヶ月、アメリアが彼に何かをお願いしたことはない。しかも、小説本が欲しいとなればリリーが戸惑うのも仕方ない。
 新聞同様、女が文学を嗜むことは少ない。貴族であれば文字を習うが平民であれば文字を読める人も少なく、小説本は娯楽としてあまり浸透していない。それでも、数年後には娯楽として浸透し始める。とある一冊のミステリー本が話題となり、貴族たちの中で小説を読むことが流行った。そこから過去に出版された作品も評価され始め、文学は娯楽としても教育としても大切であると言われるようになる。
 ブラウン家にいた時も、アメリアは小説を読んでいた。両親からは「女が本を読むなんておかしい」と言われていたが、本を読んでいる時だけは本の中の世界に入り込める感覚が好きでしょっちゅう読んでいた。

(……この家に来てから、一回も読んでなかったけど)

 前の人生でも、ウォーカー家に来てから本を読むことはなかった。彼に何かを買ってほしいとお願いをするのもなんとなく避けていたし、仮にお願いをしたとしても「女が本を読むだなんて」と思われるのが怖かった。
 でも、今世は悔いを残したくない。公爵家なら本を数冊買ったところで財産がなくなることはない。
 人生の最後まで関心を持たなかった彼が、アメリアが本を読み始めたところでなんとも思わないだろう。

「なんでも、やってみるしかない」

 同じ繰り返しにならないように、今度こそやりたいことをやってやる……!
 アメリアは決意をし、引き続きあまり理解のできない新聞を読み続けた。