受付をしている人に招待状を渡し、確認してもらう。
 まだ入口だというのに、煌びやかな内装で目が少しだけチカチカとするが、そこまで派手に思わない。きっと屋敷の主人のセンスが良いのだろう。

「ウォーカー公爵夫妻ですね、お待ちしておりました。本日は心ゆくまでお楽しみください」
「ああ」
「ありがとうございます」

 ウィリアムに無言で腕を差し出され、そこに掴まれという目線をもらう。
 初めてのことで戸惑ってしまったが、夫婦で参加をしているのだからこのエスコートは正解だ。距離が近づいてしまうことに少しだけ恥ずかしいとも思ってしまうが、ここで腕に手をおかなければ怪しまれてしまう。そっと彼の腕を掴めば、思った以上に腕が太くてびっくりした。

(旦那様って細身かと思っていたけど……そういえば、意外と鍛えていたのよね)

 ぼんやりと前世のことを思い出す。
 今世ではいまだに彼との行為はないが、後継ぎのために何度か行為に至ったことがある。思い出せば、騎士団の人たちと比べれば劣るが、それでも程よく筋肉がついていた。

(って、なんでそんなことを思い出すのよ!)

 急に体の体温が上がった気がした。きっと耳まで赤くなっているだろう。
 あいている方の手で顔をパタパタと扇いでいると、不思議に思ったウィリアムがアリアの顔を覗き込んだ。

「もしかして、体調でも悪いのか?」
「だ、大丈夫です」
「それにしても顔が赤いと思うが」
「えっと、少し緊張をしてしまっただけです」
「……ならいいが」

 誤魔化せたのかどうかはわからないが、行為のことを思い出して顔を赤くさせただなんて口が裂けても言えない。
 落ち着くために何回か深呼吸を繰り返し、ウィリアムに合わせて会場へと入る。思っていた以上の参加者の多さに驚きながらも、ウィリアムは迷いなく歩き、主催であるハロルド・チェンバレン公爵の方へと向かっていた。
 遠目からでもわかる仕立ての良いパーティスーツに、爽やかな笑顔を見せながら数人に囲まれていた。ウィリアムとは正反対な雰囲気を持っているが、彼もまた女性に好かれやすい顔をしている。
 ハロルドはウィリアムの姿に気づくと周りに断りを入れ、こちらに近づいてきた。

「久しぶりだね、ウィリアム」
「本日はお招き、ありがとうございます」
「そんな堅くならないでいいよ。……ところで、そちらは?」

 隣にいる私のことを言っているのだろう。興味津々な目で見られると、変なプレッシャーを感じてしまう。

「私の妻、アメリアだ。アメリア、こちらがハロルド・チェンバレン公爵だ」
「初めまして。ウィリアムの妻、アメリアと申します。お招きいただき、とても光栄です」
「そうか、君がウィリアムの……」

 ハロルドの表情は非常に楽しんでいるのか、ニヤニヤとしながら私と旦那様のことを交互に見ていた。

「ジロジロと見るんじゃない。彼女にも失礼だろう」
「いや、申し訳ない。あのウィリアムに妻ができたんだ、気になるのも当然だろう? 他の参加者もきっと、そう思っているだろうね」

 公爵が二人並べば、目立ってしまうのは仕方のないことだろう。
 私たちの会話に聞き耳を立てていた他の貴族たちがチラチラとこちらを見ているのがわかる。

「あれがウォーカー公爵の……」
「ということは、あれがブラウン伯爵の娘ってことか」
「ブラウン伯爵は一体どうやったんだ?」

 そんな声が周りから聞こえる。
 ウィリアムが結婚をすると思っていなかった貴族たちは、急に結婚を決めたことに対しての疑問や業績の悪いブラウン伯爵の娘との縁談を結んだことに対して良いとは思っていなかった。
 それもそのはずで、アメリアは社交界で目立っていたわけでもなく、我が娘をぜひにとアピールをしていた貴族からすればアメリアはぽっと出の令嬢だ。

「ウィリアムが決めたのだから、何か理由があるのだろう?」
「……」
「仏頂面で言葉数も少ないやつだけど、決して悪い男ではないよ」
「は、はい。旦那様にはいつも優しくしていただいております」
(まぁ、妻に黙って外国に行くような方ではありますが……)

 ハロルドの言う通り、アメリアはウィリアムに対して悪い人とは一切思っていない。黙って外国に行ったことに対してはまだ怒りを覚えているが、それでも垣間見える優しさや少し不器用なところが良いと思っていた。
 少し顔を赤ながら言うものだから、ハロルドは興味深そうにアメリアのことを見た。
 横にいるウィリアムは、彼女が顔を赤くしていることに気づいていないが、少し嬉しそうにしていた。

(……思っていた以上に、関係は悪くないんだな)

 へえ、とハロルドは思った。
 幼馴染として、彼が恋愛に無関心であることを心配していた。結婚の話を出した時も「俺は結婚しない」と断言していた。
 結婚のきっかけは彼の父親からの言葉だと言っていたから、きっと愛のない結婚になるだろうとは考えていた。相手となるご令嬢が可哀想だなと勝手に哀れんでいたが、どうやらそうでもないらしい。

「まぁ、落ち着いた頃にまた話を聞かせて。これでもウィリアムの結婚には喜んでいるんだ」
「わかった。また仕事の話もしよう」
「うん、楽しみにしているよ」

 今日はパーティーを楽しんでいって、と言った後、彼はすぐにまたいろんな人に囲まれ始めていた。
 緊張によって体に力が入っていたのか、深く息を吐いていると自分たちの周りにも人が集まり始めていることに気づいた。
 あっという間に囲まれてしまい、どうすれば良いのかと迷っているうちにウィリアムがさっさと挨拶を返していた。

「お久しぶりです、ウォーカー公爵様」
「ターナー伯爵、お久しぶりです」
「ウォーカー公爵様、ご結婚おめでとうございます。ところで新しい事業を展開することについて……」
「その件についてはまた次の機会にお話しましょう。グレイ侯爵、お祝いの言葉をありがとうございます」
「こんばんは、ウォーカー公爵様。お会いできて光栄です」
「ラッセル公爵、こんばんは。こちらこそ、お会いできて光栄です」

 すぐに言葉を返し、挨拶を繰り返す彼にアメリアは感心していた。
 急に挨拶をされても相手が誰であるのかを瞬時に判断をし、挨拶を返している。長話になりそうな相手にも不快にさせないように返事を返しており、この光景を見るだけでも彼が優秀であることがわかる。

(旦那様が優秀な方だとは思っていたけど、こんなにすごい方だなんて……)

 思わず見惚れてしまい、自分の夫がすごい人であると改めて自覚した。
 前世でも彼の仕事の評判は聞いていたが、夫婦でパーティーに参加したこともなければ彼が仕事をしている姿はあまり見たことがない。出張に行ったり、会議に行ったり、あとは書類を読んでいたところしか見たことがなかった。だから、こんなにも人望があることも知らなかった。

「ところで公爵様、こちらが奥様でしょうか?」
「ええ。私の妻、アメリアです」
「初めまして、アメリアと申します」

 旦那様に腰を引かれ、慌てて挨拶を返した。
 先ほどよりも距離が近くなったことで少し顔が赤くなった気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。
 でも、彼に対する気持ちを自覚しただけで、こんなにも意識してしまうとは思っていなかった。
 
「ブラウン伯爵の方も業績が良いようで。いやいや、羨ましい限りです」
「……ありがとうございます。旦那様のおかげでございます」

 嫌味ったらしく発言をしてくる相手に嫌悪感を覚えるが、こんな挑発に乗ったところでいいことなどない。
 余裕があるように笑顔で返せば、相手の表情が少し崩れた。悔しいのか、その貴族は「ではまた」と言ってどこかへ行ってしまった。
 それからも何人かに紹介をしてもらい、挨拶や言葉を返していった。気づけばダンスの音楽も流れていたが、多くの人に囲まれたせいで私たちは踊る余裕がなかった。

「……大丈夫か?」
「はい。お気遣いありがとうございます、旦那様」
「もう少しだけ辛抱してほしい。そうしたら帰ろう」
「ありがとうございます」

 いろんな人との会話を一気にしたせいなのか、緊張もあって吐く息が重いものになっていた。それに気づかれてしまい、申し訳ない気持ちになる。
 その後、数人に挨拶をしたところで私たちは帰ることにした。

「待機させている御者に声をかけてくるから、君はここで待っててくれ」
「それなら私が」
「いや、これは男にやらせてほしい。それに……」

 そう言って、ウィリアムはアメリアの足元を見た。
 ドレスに合わせて高くなっているヒールで長い時間、立たせてしまったことに申し訳なさを感じているのだろう。ウィリアムの顔には心配の表情が少しだけ見えた。

「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「すぐ戻る」

 近くにあった椅子にでも座って待っていようかと思ったその瞬間、後ろから「あらまあ! アメリア様ではありませんか?」というわざとらしい声が聞こえた。
 振り向けば、そこにはリーゼ・ベネットが立っていた。