「なんとですね、重版と続編販売が決定しました!」

 本が販売してから数ヶ月。ソフィアさんに話があるからと呼び出され、新聞社に来た。
 ソフィアと顔を合わせたのと同時に、目を輝かせながら先ほどの台詞を言われたのだった。

「ほ、本当ですか」
「はい! 私たちの想定以上に本が売れ、狙い通りに貴婦人たちの中で話題になってきています。さらに、多くの方から「続きはないのか」という問い合わせも来ています」

 重版だけでも十分に嬉しい評価だというのに、続編を希望してくれている人もいるだなんて……。
 アメリアは、体の奥から熱が溢れるような感覚だった。
 小説家として、こんなにも嬉しい報告はないだろう。
 先日、本を読み終えたリリーからもたくさんの感想をもらった。読み終わったあと、リリーはアメリアにどこの箇所が良かったのか、自分なりの解釈を交えながら感想を言い、アメリアがこだわったシーンについても言及してくれた。直接感想を聞くのはなんともくすぐったい感覚ではあったものの、興奮しながら感想を伝えてくれた時の幸せな気持ちはこれからの活力にもなった。

「そこでなのですが、できるだけ早く続編を販売したいと考えています」
「できるだけ早く……ですか」
「はい。なので、締め切りは早くなってしまいますが大丈夫ですか……?」

 そこで、アメリアは部屋に置いてある原稿の存在を思い出した。
 本が販売された日からも、アメリアは物語を書き続けていた。その中には修正をすれば続きに使えるような原稿もある。
 
「あの、もしかしたら使える原稿があるかもしれません。修正はしなければなりませんが、一から書くよりは早いかと」
「本当ですか! それは何よりです。修正にはどれほど時間がかかりそうですか?」
「そうですね……一週間あればできるかと思います」
「承知しました! では一週間後にまたお待ちしてます」

 そして、今回までの売上金を受け取ってからアメリアは新聞社を出た。
 想像以上の売上金に驚きながらも、これでいざという時は心配がないという安心感がある。

(まさかこんなにいただけるなんて……こんなにも光栄なことはないわね)
 
 購入してくれた人が大勢いるのに加え、続きを待ち望んでくれる読者がいる。思わずスキップでもしてしまいそうなほど嬉しいという気持ちが溢れ出たが、この後のことを考えて気持ちは重くなった。

(……そういえば今夜は、夫婦で参加しなければならないのよね)

 馬車に乗り込みながら、深いため息を吐いた。
 先日、ウィリアムとも深い関係であるハロルド・チェンバレン公爵から舞踏会パーティーの招待状が届いた。
 チェンバレン公爵とは、ウォーカー公爵と仕事上での利害関係もあるが、ウィリアムの唯一の幼馴染とも言える。そんな相手からの招待を断るわけにはいかず、招待を受けたという報告も先日聞いたばかりだった。それも、人伝に……。

(数ヶ月も顔を合わせていない夫婦がいきなり舞踏会に参加したところで、ダンスなんてできるのかしら……)

 いや、そもそも一緒に踊ってくれるかすらも怪しい。
 一緒に踊ってくれるかどうかも不安になるだなんて、なんて情けない話だろう。

 嬉しい気持ちが八割、情けなくて悲しい気持ちが二割のまま屋敷に帰宅し、そのまま部屋に戻れば準備をし始めているリリーの姿があった。

「おかえりなさいませ、奥様。お出迎えもせず、申し訳ありません」
「ただいま。大丈夫よ、今日の舞踏会のためにドレスなどの準備をしてくれていたのでしょう? ありがとう」
「いえ。もういつでも着替えることができますが……いかがなさいますか?」
「少し作業をしてからにするわ。実は、重版と続編の発売が決定したのよ」
「え、本当ですか?!」

 リリーの表情がパッと明るいものに変わり、キラキラとした目でこちらを見てきた。
 毎回、自分のことのように喜んでくれるリリーにどうしても笑みが溢れてしまう。
 
「本当よ。だから、時間があるうちに少しでもいいから作業を進めたくて」
「承知しました。こちらはもう準備が終わってますので、お時間になりましたらお声掛けします」
「ありがとう」

 それでは、と言いながら一礼をし、リリーは侍女の待機部屋へと戻った。
 書き溜めていた原稿を持ってから机に向かい、椅子に座る。中身を見れば、登場人物の性格による口調や動き、事件の内容などを書き換えれば十分に使える内容だった。

(これなら一週間で間に合うわね)

 安堵を覚えながら、ペンを持って修正点を確認していく。読み直しの作業が少々きついが、待ってくれている人がいるというだけできつい作業も楽しいものになっていく。