「入るね」
雫宮の部屋のドアを開けて中に入る。
わ・・・綺麗だ。
殺風景ではない程度の家具と、あと整った色。
黒でまとめられていて、少しだけ白がある。
必要最低限の家具だけど、どこか華がある外国製の家具ばかり。
あと赤色のガラスでできたバラが棚についていたり、クローゼットの取っ手に花が彫られていたり。
「ベッドはこっちだね」
奥のカーテンをめくると、黒色のベッドが出てくる。
ダブルベッドくらいの大きさで、シーツや掛布団はピンと整えられていた。
雫宮らしいな・・・。
「ドレスで眠るお姫様・・・ね」
そういえばキスで起きるお姫様の話があったっけ。
初めて読んだときはバカバカしいと鼻で笑ったけど・・・キスしたい相手ができるなんてな。
「・・・お休み、雫宮」
唇は、恋人になってから奪ってあげたい。
だからせめて。
せめての思いで額と頬にキスをした。
するりと頭を撫でて髪飾りを外す。
頭に食い込んで痛そうだもんね・・・。
「俺は、まだ兄ポジションにすらなれてないよね」
ただ、一緒に住んでる人間。
それくらい、理解している。
「・・・俺は男だよ。雫宮を他の男に捕られて黙ってるほど大人じゃない」
俺って案外子供っぽいトコあるんだよ。
そう呟いて、俺は雫宮の部屋を出る。
さて・・・?
葦零に事情を聴かないと、ね?
「・・・葦零」
リビングのソファーに膝を抱えて座っている葦零に声を掛けると。
「・・・っ、鈴蘭か~」
一瞬肩を震わせたあと、何事もなかったかのようにニコニコと笑った。
「・・・え?」
そして、俺の顔が普通じゃないのに気づいたらしい。
「す、鈴蘭・・・?」
いつも飄々としている葦零がどこか怯えたような声を出しているから、今の俺は相当すごい顔をしているんだと思う。
でも、そんなコトどうでもいい。
「雫宮に・・・なにした」
じっと、威圧を向けないように葦零を見つめる。
「・・・」
黙っていた葦零も、俺から向けられる視線に耐えられなくなったのか口を開いた。
「雫宮に兄がいたそうで・・・その兄を貶しちゃったら怒られちゃった」
僕の勘違いで雫宮を傷つけちゃうなんてなぁ・・・とため息を吐く葦零。
口調こそ軽いものの、顔は暗い。
後悔してるってコトは伝わってくるんだけど・・・。
                                                                       
──それで許すほど、俺が雫宮に向ける感情は軽くない。
                                                                  
雫宮が泣いたら、相手を10倍泣かせる。
雫宮に物理的な傷がついたら、相手に10倍の傷をつける。
雫宮が心にダメージを受けたら、相手の精神を限界まで削る。
雫宮に危害を加えようとしたら・・・10倍なんて言わない。
死まで追い詰めて・・・もう死んだほうがマシだと思うくらい痛めつける。
「なんで、こんなコトになった」
「甘えてほしかったんだよね。それで悲しいコトはなかったかって訊いて・・・嫌なコト思い出させちゃった・・・」
甘えてもらうどころか嫌われちゃったかな?と儚げな笑みを浮かべる葦零。
・・・そう、これが葦零のホントのキャラ。
「・・・葦零、もう可愛いキャラを・・・」
つくるのはやめなよ、と言いかけた俺を葦零は遮る。
「いいんだよ、僕は。このキャラだと朔冴と被る。朔冴にとっては迷惑でしょう?」
そうだった、こいつは・・・この葦零()は、誰よりも人のコトを考える奴だった。
「みんなが自分勝手に動いたら駄目。1人は周りに合わせる人がいなきゃ。それをやってるだけだよ」
なんてコトないと言ったように笑う葦零に、罪悪感だけが心の底から湧いてくる。
俺も、勝手に爽やかなキャラをつくていた。
兄弟みんなキャラが違っていい!みたいなコトいう奴らが嫌いだった。
それって、変換したら『同じキャラの奴がいたら駄目』と言ってるようなものだから。
「僕は、自己満足のためにやってるだけ。末っ子で、ずっと我儘が通るポジションで、兄たちに無理させてきたから・・・ね?自分の罪悪感を減らすために、やってるんだよ」
そんなコトない。
葦零は末っ子というポジションを盾にするコトなく、我儘なんて言われたコトもなかった。
驚くほど大人っぽくて、もしかしたら兄弟の中で一番大人しかったかもしれない。
誰かのためにしか動かない。
自分のコトは後回し。
困っている人にすぐ手を差し伸べる。
兄として誇らしかったけど・・・同時に、兄として不甲斐なさを感じた。
弟に無理をさせる兄。
弟の優しさに頼りきりの兄。
弟を自分のために利用する兄。
わかっていながら、その事実から目を背けていた。
                                                                     
葦零は、好きで『それ』をやっている。
                                                                  
自分にそう言い聞かせて、弟の代わりになろうと思ったコトがなかった。
弟なら・・・葦零なら、どうにかしてくれる。
そう過信していて・・・俺は、自分の好きなように、自分勝手に生きてきた。