「まずは笑える?」
「・・・むり」
できない、私は笑うコトが出来ない。
「そっか、じゃあ僕が笑えるようにさせてあげるからね」
いつになく優しい表情と声で囁く零兄に首をかしげる。
「安心してよ、僕のために笑おうって思える日が来るから」
はじめて、零兄がお兄ちゃんみたいだと思った。
「・・・ありがとう」
笑える日、か・・・来る、のかな。
「・・・ってコトで」
さっきのお兄ちゃんオーラはどこへやら。
獲物を見つけた肉食獣のように笑みを浮かべる零兄。
「まずは甘えてみよう」
「・・・あま、える?」
そんなコト、したことない。
だって甘える人がいなかったし、そんな言葉無縁だ。
「そうそう、じゃあさ?」
不思議そうにする私を見て笑みを深めた零兄は首をかしげる。
「なんか悲しい、とか寂しい、って思ったコトなーい?」
「悲しい・・・寂しい」
そんな感情・・・私は感情を持つ人間ではないんだから・・・。
「・・・っあ」
・・・思い出して、しまった。
私が、笑っていたころの思い出。
「・・・お兄、ちゃん・・・」
無意識に呟く。
そして私の見えないところで、零兄の視線が鋭くなったコトには気づかなかった。
                                                                   
──大好きだった、お兄ちゃん。
                                                                 
カッコよくて、頼りになって、優しくて、気遣いが出来て・・・。
自慢の、お兄ちゃんだった。 
                                                                    
『雫宮は俺の可愛い妹だ』
                                                                  
『雫宮を泣かせた奴は容赦しねーぞ!』
                                                                       
『嫌なコトがあったら俺に全部吐き出していいからな、雫宮』
                                                                
『雫宮を独りにはしない。してたまるもんかよ』
                                                                
『雫宮を嫌いになるコトなんて無い。俺は雫宮を守るために存在してるからな』
                                                              
あぁ、会いたい・・・。
お兄ちゃん・・・私の名前を、明るい笑顔で呼んでくれたお兄ちゃん。
私に嫌がらせをしてくる人たちから守ってくれたお兄ちゃん。
私を決して独りにはさせなかったお兄ちゃん。
私を、嫌わないでくれたお兄ちゃん。
                                                                   
『雫宮』
                                                                    
あの、太陽のような、ほっとする温かさのある笑み。
純粋で、単純で、でも・・・そんなところが好きだった。
                                                               
『雫宮』 
                                                                  
義兄はたくさんできたけど、お兄ちゃんは1人だけ。
私の、血のつながったお兄ちゃん。
                                                                     
『雫宮の幸せを守れるなら、なんでもするぜ?命がけでも、助けて見せる』
                                                                                  
その、言葉通り。
──お兄ちゃんは、私を守って死んだ。
『独りにさせない』
この約束は守られなかったけど。
その代わり、守ってくれた。
私に未来を与えてくれた、お兄ちゃんだ。
私は強かったけど、突然の事故なんてどうしようもない。
ただ・・・なんでお兄ちゃんが死ななきゃいけなかったのか。
それが今でも理解できていない。
義姉も義兄も、複数人いるけど・・・お兄ちゃんは、私には1人しかいないのに。