「おはよー!子猫ちゃん!」
朝、リビングに行くと零兄の声が聞こえた。
子猫ちゃん・・・この家には猫がいるのか。
私も猫に対してだったら可愛いと思えるだろうか。
「もー無視しないでってば」
どうやら猫は気まぐれらしい。
「雫宮ってそーゆーの通じない?」
「・・・ん・・・?」
・・・子猫とは私のコトなのか。
ぶん殴っていい?
「雫宮、今日から僕の躾が始まるよ!僕仕様に躾けてあげるから楽しみにしてて!」
元気にそう宣言した零兄。
「・・・私はなにをすれば」
「僕の言うとおりに動いてくれればいいから!」
言うとおり、に・・・。
私はそんなにいい子だろうか。
自分で思うには手に負えない猛獣だけれども。
「んふふ、まぁ分かるよ!まずは朝ごはん食べよ?」
義兄も全員揃っていて、私は自分の席に着く。
「いただきまぁす」
パチッと手を合わせ、零兄はパンケーキを口に運ぶ。
「ふふ、いただきます」
そんな零兄を微笑ましそうに見て、毬兄がフレンチトーストを食べた。
「いただきます」
鈴兄はニコニコしながらヨーグルトに手を伸ばす。
「・・・いただきます・・・」
今日も気だるげな朔兄は眠そうなトロンとした瞳で紅茶を啜った。
「・・・いただきます」
皇兄は無表情で呟く。
「・・・いただきます」
私は両手を合わせて深く頭を下げる。
「熱心だね」
毬兄に話しかけられ、私はチラリとそちらを見てからぼそりと言った。
「・・・食べ物があるのは、ありがたいから」
ご飯、水、空気はなくてはならない。
私が感謝しようと思えるのは、これくらいだ。
「いい子だね」
隣に座っていた鈴兄に頭を撫でられ、私は首を動かして手を動かす。
昨夜の気まずさはなく、ポーカーフェイスの上手さに驚いたりしていた。
「雫宮」
ふいに朔兄に話しかけられ、私はそちらに視線を向ける。
朔兄とは一番話していないから、静かな人、という認識しかない。
「・・・今日も、夜出かけるの?」
「・・・よる。・・・たぶん」
朝だからか呂律が回らない。
私は毎日夜にアジトに行ってるし、行かなかったコトはない。
しかも皐月兄弟には公言してあるし、問題は無いし、バレるとかの。
「・・・あいつらに、会いに行くの」
疑問形から確信形に口調が変わる。
「殺夜と涙悪・・・主に2人に」
そう答えると、朔兄は正面から私を見つめてきた。
「・・・俺とじゃ、駄目なの」
心なしか、グレーの瞳が潤んでいるように見える。
「・・・朔兄と。・・・夜以外なら、過ごす」
「・・・・・・約束」
朔兄は私の言葉を聞き、もう一度紅茶を啜った。
「いや、朔冴がねぇ・・・雫宮は凄いね」
毬兄がなぜか私を見て苦笑する。
すごい、か。
「ちょっと朔冴!今日から雫宮は僕の躾を受けるの!」
「・・・雫宮が決めるコト」
「ふぅん、いいんだ?雫宮が可愛くなるのになぁ・・・」
「・・・午前は、俺の時間」
一瞬で朔兄が折れ、2人の言い争うは数秒で収束した。
「皇兄、皇兄」
私はずっと黙ったままの皇兄の服の裾をチョンチョンと引っ張る。
「・・・ん・・・?」
皇兄は意外そうに首を傾げ、私はそれをまねして首を傾げた。
「皇兄は私が夜に出掛けるの、反対?」
「・・・俺個人の意見だけど」
皇兄はちらっと窓の外を見てから口を開く。
「昨日の朝、会った2人はとてつもなく強い。雫宮も強い。だから、心配なしてない」
そう言い切った後、皇兄は黄色の瞳を揺らした。
「・・・でも、雫宮がほかの男と過ごしてんのを見るのは、・・・つらい」
そう言って額を押さえた皇兄に頷き、私は無言で朝食を再開した。
・・・皇兄は、きっと他意なく私を心配してくれている。
『信頼に値する義兄は存在(いる)か』と訊かれたら、私は真っ先に『皇兄』と答えるだろう。
それだけ・・・皇兄は信頼できて安心できて・・・私に向けてくれる感情が、心地よく感じた。