中に入ると、こちらに背を向けている2人がいる。
殺夜と涙悪だ。
そっと近づき、気配を消しながら2人の間に顔をのぞかせた。
2人は気配に人一倍敏感だけど、私は人一倍・・・いや、人三倍気配を消すのが得意。
つまりは、視界に入らなければバレないのだ。
「こいつ、もうええやろ」
「そうですね、姫様の引っ付き虫です」
そんな2人が見ているのは山積みの書類。
ヴィラーナでは、入族する時にアンケートみたいなのがあるのだ。
『名前』『年』『過去の入族経験』『入族を希望する理由』『姫がヴィラーナを裏切ったらどうする?』というもの。
名前は殺夜や涙悪のように偽名でいいし、年は内緒にしてもらえる。
2人が見る書類の上には、〈喰乃(くいの)〉と書かれていた。
喰乃・・・子犬みたいな男子だな。
一番下の『姫がヴィラーナを裏切ったら・・・』という質問には、〈姫について行く。ヴィラーナが姫を追うなら潰す〉と大きく書かれている。
はは・・逆に堂々だな。
「じゃあこいつは姫に知られないように処分・・・」
「するの?」
殺夜が喰乃の書類を横にスライド。
それと同時に私も声を掛けた。
「ひーめー・・・驚かさんといて」
「姫様は凄いですね。気が付きませんでした」
それぞれの反応を見せてくれる2人にもう一度訊く。
「喰乃をヴィラーナから追い出すの?」
「聞いてたんか・・・まぁ、ウザいしな」
「姫目当てだって言ったんですよ、思いっきり」
まぁそうだけどさ・・・。
「当たり前でしょーが。俺は姫目当てだし、姫を愛でに来たんだし?」
奥から気配が近づいてくる。
「姫、半日ぶりー!」
「ん、喰乃もね」
ふわふわした焦げ茶の髪を揺らしながらこの子が喰乃。
「ねー姫、なんか宣戦布告されたんだけど」
「ん?・・・キーラ?成人以上の?」
「そーそー、武器いっぱい使う系」
いい大人が武器なんて・・・弱いですって言ってるようなものじゃん。
ちなみにキーラというのは大人の暴走族で、ホントに暴走行為をしている。
・・・馬鹿?
私、中学生ね?
バットとかスタンガンとか使わないと勝てないの?
成人以上の大人が?
・・・ダサいとは思わないのかな、プライドない?
殺夜と涙悪は私よりも年上だけど、中卒だって聞いたからまだ成人はしていないと思う。
「時間は」
「深夜の・・・2時?」
「ふーん・・・それまで暇だな」
3時間以上時間があるので、私は下っ端たちに会いに行こうかと考える。
「姫は残ってな。喰乃、お前は席外し」
「は?俺は姫以外の言うコトは聞かな・・・」
「喰乃、ちょっと向こう行って」
「ん、行ってくる!」
殺夜には反応しなかったけど、私の声には反応した喰乃。
すたこらさっさーと奥に走って行った喰乃を見送り、私は姫専用席に腰を下ろした。
「・・・で?」
「んーまぁ、な?あの義兄たちのコトなんやけど・・・」
殺夜は苦笑して口を開いた。
「単刀直入に訊くな?5人の実力は?」
「ん-・・・?まだまだだね」
特に零兄。
「末っ子の零兄ってゆー人がいるんだけど・・・」
・・・あれ?
末っ子は私になるのか。
苗字も皐月になる、と。
「途中までついてきたんだけどすぐ撒かれてた。あと3階の窓から飛び降りれてなかったね」
事実だけを簡潔に話す。
間違ってない、よね・・・?
「ヤバいですね、それくらいはしてもらわないと」
「姫って何階から飛び降りたことあるん?」
「5階。・・・でも下に1メートルくらいのものがあったから・・・4.5階くらい?」
「20メートルくらいやな」
殺夜は楽しそうに私を見てきて、涙悪はここにいない零兄を呆れたように見ていた・・・見えるの?
「一番戦えそうな人でやっとヴィラーナに入れるかどうか。幹部レベル0、下っ端レベル1」
「下っ端レベルの奴って名前なんていうん?」
「鈴兄。鈴蘭」
「鈴蘭、ね・・・女みたいな名前なんですね」
ズバッと本音を言った涙悪。
零兄が一番中性的な顔をしてるけども。
「にしても下っ端レベルが1人か・・・駄目義兄やな。姫は大丈夫なん?」
「私はね。でもなにかあったら私が戦うコトになりそう」
「それは大変ですね。そんなコトさせないためにやはり姫様は俺が貰って・・・」
「そーゆーのええから。もうちょっと詳しく聞かせてくれへん?」
「ん、いーよ」
間延びした返事をしつつ、私は背筋を伸ばした。
「苗字は皐月で学校では『皐月兄弟』って呼ばれてる。
長男は伊毬、高3。穏やかだけど隙が多い。
次男は朔冴、高2。マイペースっぽくて動きが鈍い。
三男は皇逢、高1。隙は少ないけど細くて骨折れそう。
四男は鈴蘭、高1。バランスのいい体型してるけど、実践では弱そう。
五男の葦零、中3。煽り上手で反感を買いやすく、弱いと断言できる」
・・・ん?年あってるかな?
皇兄と鈴兄が双子だから・・・多分あってるな。
「一番マシなのが四男・・・その鈴蘭?の戦い方わからへん?」
「なんとなくわかる」
私はずっと戦ってきたから、会った人の戦い方がなんとなくわかるようになっていた。
「多分一気にキョリ縮めてくるタイプ。相手が動かないと、隙を見て行動する感じ」
「ほぉー・・・髪と目の色は?」
「髪は白。でも金髪っぽい感じ。目は青」
訊かれたコトだけを答えていると、涙悪がこっちを見る。
「耳のしたくらいまでの髪の人ですか?」
「そう。高身長の中でも紺色の人の次に高い人」
ちなみに紺色の人というのは、皇兄のコトだ。
「ヴィラーナには入れへんの?」
「入れたい?誘うよ」
「いえ、いいです。そんなやついりません。・・・鈴蘭?とかいう奴は喰乃より弱いでしょう」
「そうだね、30秒もつかどうか」
涙悪の質問に答えつつ、私は考える。
毬兄は無理だろうな。
朔兄は・・・次への攻撃が遅そう。
皇兄は細すぎで絶対骨折するよね。
鈴兄はまだ下っ端レベル。
零兄はだめだね、気配の察知はできてないし、度胸もない。
・・・誰がヴィラーナに来ても役に立たなそ。