ヴィーン! ヴィーン!

 なにやらドアの向こうが騒がしい。

「何だよ、しょうがないなぁ……」

 シアンは苦笑するとソリスを抱っこしたまま部屋を出た。

 そこはメゾネットタイプのオフィスとなっており、ガラス張りの壁からは都会のパノラマビューが広がって、高層ビルが林立する風景が迫ってくる。窓から差し込む光は、オフィス全体に柔らかく広がり、ソリスはまるで天空に浮かぶ宮殿の中にいるかのような錯覚を覚えた。

 二階の手すりから見下ろせばウッドデッキにウッドパネルをベースに、高級な木製家具が並び、そこに観葉植物が鮮やかな緑を添え、実に居心地のよさそうなオフィスになっている。そこを十人くらいの若い人が慌てながらトラブルシューティングに奔走(ほんそう)していた。

「おい! スクリーニングまだか!」「ダメです! ロックが解除できません!」「くぅ……。仕方ない、パワーユニットダウン!」「……! これもダメです!」「くぁぁぁ……」

 見るとちょうど足元、廊下の下の方に巨大スクリーンがあって、そこにいろいろな情報が表示されているようだった。あちこちに真っ赤な『WARNING!』のサインが点滅していて相当大変な状態になっているように見える。

「あーあ、もう、仕方ないなぁ……」

 シアンはニヤッと悪い顔で笑うと、子ネコを抱っこしたまま階段を下りていった。

「ちょっとあんた! この非常事態にどこ行ってたのよ?」

 奥の高級デスクに座っていた女性が鋭い視線をシアンに向ける。

「いやぁ、昨日ちょっと飲みすぎちゃってさぁ。一休み~。なに? まだ直んないの?」

「見てのとおりよ。ただの障害じゃないわ。障害を悪用したテロリストによるハッキングね」

 女性は肩をすくめるとため息をつき、コーヒーを一口含んだ。

 ソリスはその女性に見覚えがあった。女神様だ。顔が女神様にそっくりに見えたのだ。しかし……、以前会った時のような神々しさはなく、肌の色も髪の色も日本人そのもので、ただの美しい女性にしか見えなかった。

「おや? 誰かと思ったらソリスじゃないか」

 女性は子ネコを見つめ、優しい微笑みを浮かべる。

「えっ!? も、もしかして女神様……ですか?」

 ソリスは縦長の瞳孔をキュッと細めて女性を見つめる。

「そうよ」

 嬉しそうに微笑む女神。

「厳密には『美奈ちゃん』日本の姿だけどね。きゃははは!」

 シアンが楽しそうに笑う。

 え……?

 ソリスはどういうことか分からずに困惑し、耳を倒した。

「あんた、またそういう面倒くさいこと言う! 子ネコちゃんが困ってるじゃない」

 女神はシアンのところまで来ると、子ネコを強引に奪い取った。

 あっ!

「あら、ふわっふわじゃない。可愛いわねぇ……」

 渋い顔のシアンをしり目に女神はソリスを抱きしめて、優しくなでた。

 ウニャァ……。

 つい目を細めてしまうソリス。子ネコの身体はなでられるのに弱いのだ。

「お前、いい戦いだったわよ。熱い想い、ちゃんと見せてもらったわ」

「えっ!? じゃ、じゃぁ……」

 ソリスは色めき立った。聖約を果たしたということになれば、フィリアとイヴィットの蘇生が認められるということ。それは夢にまで見た展開だった。

「でも……。あなたの星、こんななのよね……」

 女神は渋い顔で廊下の下にある大画面を見せる。

 そこにはズタズタに斬り裂かれ、あちこち漆黒の闇に沈み込んでいる青い星が映っていた。ソリスが命を落とした場所を中心に、青いガラス玉が粉々に割れたように見えるその光景は、痛ましい破滅の美すらたたえていた。

「えっ……、こ、これが……?」

 シッポの毛がブワッと逆立ち、ソリスの心臓は激しく脈を打った。つい先ほどまで暮らしていた故郷の星が目の前で無残にも崩壊している。

 あ、あぁぁぁ……。

 街に暮らしていた多くの人たちも、美しい大自然も、すべて灰燼に帰してしまった。ソリスはその現実の重さに打ちのめされ、絶望の中、言葉を失った。