「さあ、お早く」

 煌凌の心情になど興味もなく無頓着(むとんちゃく)な容燕に淡々と急かされ、王はどうにか重い腰を上げた。
 まるで彼自身が断頭台(だんとうだい)へ連行されていくかのごとき気分であった。



 内官や女官を伴い、尋問場へと向かう王の列に航季が駆け寄っていく。

 血相を変え、ただならぬ事態を予感させる様子ながら、かろうじて残った理性で礼を尽くした。
 しかしその眼差しの先にいるのは王ではなく、その傍らに立つ容燕である。

「ち、父上……」

「みっともない……。何ごとだ」

 きまりが悪そうに苦い表情を浮かべた航季だったが、すぐに気を取り直し容燕に歩み寄る。声を潜めて耳打ちした。

「もうひとりの証人が証拠を持って宮廷へ入ったと報告が────」

「なに……!?」

「?」

 航季が何と言ったのか煌凌には聞こえなかったが、青ざめた容燕の顔を見て察しがついた。蕭家にとって想定外のよからぬことが起きたのだ。

 院長が自害でもしたのだろうか。いや、それならばここまで焦ることはないだろう。

(何だ……?)

 この状況が覆るような、とんでもない何かが起きたというのだろうか。
 そう考えたとき、容燕が振り返った。

「主上はお先に尋問場へ」

「え、いや、しかし……。何かあったのか?」

「主上には関係ありません」

「……っ」

 意を決して問うたものの、牽制(けんせい)するような鋭く冷たい眼差しを返された。
 煌凌は唇を噛む。それ以上何か言うことを阻まれる。

「……分かった」



 賢明にも大人しく引き下がった王は従者を連れて去っていく。

 その姿が見えなくなると、容燕は振り向きざまに航季を殴った。
 鈍い音がして左頬が赤く腫れる。

「そなたは……どうしてそうも詰めが甘いのだ!」

 どうにか貼りつけていた謹厳(きんげん)な仮面が剥がれ落ちる。目を吊り上げ激昂(げきこう)した。

 その怒号を受け、航季は顔を歪めた。頬の痛みが直接心に突き刺さる。
 そうだ────。詰めも読みも甘かった。

 受け渡しが露呈(ろてい)したとしても、施療院に声を上げられる者などいないだろうと踏んでいたことがそもそもの間違いだった。

 事が明るみに出ないよう徹底的に隠し通すか、あるいは真実を知った者の口を封じておくべきだった。
 施療院にいる者を皆殺しにし、火をつけてしまえばよかったのだ。

 いまさら悔やんでもどうにもならないが、この状況を招いたのは間違いなく自分である。
 父の怒りはもっともだ。