椅子を引き、長めの卓子(たくし)を挟んで向かい合うように座る。
 あたたかい蝋燭(ろうそく)の灯りが揺れた。

「何かな」

(ちまた)の薬材事件のこととか、謝大将軍や将軍のことって……お父さまの耳にも入ってる?」

「うん、もちろん。概要は把握してるけど、奇妙なこと続きで不気味だ。春蘭も聞き及んでるということは、相当騒ぎになってるのかな」

「そ、そうなの。もうみんなその話題で持ちきりで」

 医女に扮して宮廷へ不法侵入したことやそこで朔弦に攫われかけたことなどとても口にできず、春蘭は曖昧に笑って誤魔化した。

「じゃあ話っていうのはその件のことかな? 生憎(あいにく)だけど、わたしもその程度しか知らなくて────」

「ううん、そうじゃなくて。……一連のことは、蕭家が謝大将軍たちを陥れるために仕組んだことなの!」

 端的に事実を伝えると、苦笑を浮かべていた元明の顔から笑みが消えた。
 驚いたように瞠目(どうもく)し、まじまじと春蘭を見る。

「何だって……?」

「本当よ、証拠もあるし証人もいるもの。ふたりは罠に()められた被害者なの」

 元明はいつになくいかめしい表情をたたえた。

 結論自体には特に驚かない。蕭家はこれまでもあらゆる策を(ろう)して権勢を拡大してきた。
 問題はそこに春蘭が片足どころか両足を突っ込んでいることである。

 不義(ふぎ)を見逃せない清廉潔白(せいれんけっぱく)さは嗟賞(さしょう)に値するが、時としてそれは諸刃(もろは)(つるぎ)となりうる性分だ。

「……って、煌凌にも一応軽く伝えたんだけど、王さまにちゃんと伝わってるか分かんないのよね」

 出てきたその名に元明は目を見張った。それと同時に王の言葉を思い出す。

『余が王であることは、春蘭には秘密にしておいてくれぬか?』

 そういえばふたりには接点があるようであった。宮外へ抜け出した折の邂逅(かいこう)だろう。

「ならば……そのことを主上に伝えて欲しい、っていうのが本題かな」

 元明はにこやかに言ったが、その双眸(そうぼう)は隙のない色をしていた。

「そう、お父さまにも協力して欲しいの。蕭家の罪を暴くために」

「…………」

 いくら春蘭の頼みといえど、そればかりは簡単に首を縦に振るわけにはいかない。

 連中の“罪”を承知していながら目を瞑ってきたのは、心を痛めながらも王を見殺しにしてきたのは、家門や家族を守るためであった。

 鳳家を守り続けることだけが、いまとれる蕭家への唯一の対抗手段だ。結果としてそれは王のためにもなる。

 連中を弾劾(だんがい)し根絶できるのであればいくらでも矢面(やおもて)に立つが、今回の一件がその足がかりになるとはとても思えなかった。
 蕭家はそれほど甘くないだろう。