「妃選びだと?」

「ええ、現王は即位して三年経ちますが未だに王妃が迎えられておりません。後宮に妃嬪(ひひん)もいませんし、世継ぎを案じて太后さまが進言するのも自然でしょう」

 それだけでなく、いずれかの家門に肩入れするにあたって最高の口実なのだ。

 容燕とて娘を王妃に据え、後宮を掌握(しょうあく)することでさらなる権力を得たいと目論んでいるはずだ。
 その長である太后との協力は決して悪い話ではない。

「しかし……蕭家の娘を妃に迎えれば、容燕が外戚(がいせき)として権勢を振るうのではないか?」

「そうとも言いきれません。王妃に据えた娘は言わば人質。太后さまの思うがままになりましょう」



     ◇



 春蘭と紫苑は市へ寄ってから目的地へと向かっていた。

 馭者(ぎょしゃ)として軒車(けんしゃ)を走らせた紫苑は、町外れにある丹紅山(たんこうざん)(ふもと)にさしかかると手綱を引く。
 そこには、人目を忍ぶようにして一軒の堂が鎮座していた。

 紫苑はしなやかに馭者台から下り、軒車の戸を開ける。
 その手を借りて下車した春蘭は、一緒に積んでいた荷を持った。

「食糧に着替えに……これだけあればしばらくもつわね」

「そうですね。貸してください、わたしが持ちます」

 かくして堂の敷居を跨いだふたりは、慣れた足取りで奥まで歩を進めていく。

 天井の高い堂の中は広々としていた。
 (はり)から淡い色合いの(しゃ)幾重(いくえ)にも垂れて重なり、霧が立ったように霞んで見える。
 それをかき分け、人影に近づいていった。

夢幻(むげん)、いつも通り色々持ってきたわよ」

 御簾(みす)を上げると、長椅子に腰を下ろす夢幻のほかにもうひとり人の姿があった。

「あれ……光祥(こうしょう)?」

「やあ、お邪魔してるよ」

 にこやかに笑みをたたえ、片手を上げる。
 素朴な格好だが、彼が放つ気品は人並みではない。
 ひょんなことから町で出会った春蘭と光祥は、いまや友人と呼べる仲であった。

「どうして光祥殿がここに? 夢幻さまとお知り合いだったのですか?」

 卓子の上に荷を下ろしつつ紫苑が尋ねる。

「それとも、まさかお嬢さまを待ち伏せて……?」

 眉をひそめた。
 彼は神出鬼没で、よく春蘭の前に現れるのだ。

 紫苑には、彼が春蘭に見せる笑顔や距離感が、ほかに対するものとは異なっているように思えてならない。