問われた本人は“まさか”の意味が分からず、きょとんとしてしまう。
「もちろんよ」
「だめっすよ!」
間髪入れずに制したのは旺靖だった。
「怖いもの知らずすぎますって。地下牢にまで忍び込むなんて言い出したらどうしようかと実はひやひやしてたんすよ、俺」
「……え、どうして分かったの?」
実のところ、見張りに袖の下でも何でも握らせ、悠景や朔弦にひと目会いにいこうかと考えていた。
ぴたりと言い当てられて驚いてしまう。
莞永と旺靖は唖然として春蘭を見た。
かの鳳家の姫とはとても思えない。扮装して王宮へ潜入してきた時点で大胆不敵なのはちがいないが。
しかし、だからこそこうして悠景と朔弦のふたりを救う機会を得られたとも言える。
「とにかく、錦衣衛でも地下牢でもお嬢さまが行くのはだめっす」
「でも、院長には真実を伝えて本当のことを証言してもらわなきゃ」
それはそうだが、錦衣衛にまで入り込んで罪人と話をするのはさすがに立場上まずいだろう。旺靖の心配も的を射ている。
そう思った莞永は一歩踏み出した。
「わたしが参ります」
毅然として告げられた言葉に、春蘭と旺靖は同時に彼を見やる。
「でも────」
莞永の所属は羽林軍だ。錦衣衛の兵に“越権行為だ”と咎められれば反論の余地はない。
あるいは露見したとき、上官を放免させるべく不当な懐柔を企んだと疑われかねない。
「お嬢さまや旺靖ばかりに負担はかけられません。そばにいただけで助けた気になりたくないのです。わたしにもお手伝いさせてくれませんか?」
莞永の真剣な面差しを受けた春蘭は、沈黙ののちにそっと頷いた。
「……分かったわ。どうかお願い」
莞永が錦衣衛の一室へ足を踏み入れると、中には椅子に拘束されている男と、見張りの兵がひとりいた。
怪訝そうな面持ちの兵に迷わず袖の下を握らせると、喜んで部屋から出ていってくれる。
今度は捕縛された男からの困惑したような眼差しを受け止めた。
「だ、誰だ、おまえは? 何しに来た!」
「あなたが施療院の院長ですか」
莞永は落ち着き払った様子でにこりと微笑んでみせる。男を刺激しないよう、物腰柔らかに尋ねた。
「あ、ああ……いかにも。何だ、助けにきてくれたのか?」
「…………」
男からはいかにも傲慢で尊大な印象を受けた。不正授受の件を悪びれている様子もまったくない。
どのような出方が有効か、莞永は素早く模索する。
「……はい、助けにきました」