光祥は観念したように息をつく。

「……分かった、降参。道理には背けないね」

「ですが、どうするのです? 鳳家のご令嬢として矢面(やおもて)に立つと言うならわたしが許しません」

 紫苑の口調は厳しいものだったが、その主張はもっともだ。
 春蘭が危ういだけでなく、元明まで蕭家の標的にされては家門ごと揺らいでしまう。

「そうね……とりあえず、もう一回宮殿に行ってくるわ。こうなったら煌凌にぜんぶ伝えなきゃ」

 そんな春蘭の言葉に光祥の眉がぴくりと動いた。紫苑は怪訝(けげん)そうに首を傾げる。

「……コウリョウとはどなたです?」

「こないだ会った彼よ。紫苑が“不審人物”って言ってた彼。あの人、左羽林軍の兵なんですって」

「左羽林軍の!?」

 つい素直な反応を示してしまった。あの挙動不審な男が、まさか傑物(けつぶつ)揃いと名高い羽林軍に属していたとは。

 次に会ったときは手合わせを願い出ようか、などと剣の腕が立つ紫苑は思わず考えたが、すぐさま現実へ立ち返った。

「……羽林軍の兵なら王さまに謁見(えっけん)できるのでは?」

「ええ、そう言ってた。一応大まかには伝えたんだけど、念のためと思って肝心の黒幕については伏せたのよ」

「それを伝えにいくということですか」

「そうしようと思って。こうしてる間にも謝悠景や朔弦が冤罪(えんざい)で処刑されちゃうかもしれないし」

 すべては蕭家の(はかりごと)であり、彼に言った通りこちらが日誌という証拠や医女という証人を握っているのも事実だ。
 それらをもとに真実を証すことだけが彼らを救う手立てである。

「────待った、春蘭」

 いつになく真剣な調子で光祥が制した。

「忍び込むなら日が暮れてからの方がいい。広く顔が割れると面倒だしね」

「だけど……そんな悠長(ゆうちょう)に構えてて大丈夫かしら」

「ああ。彼らを捕らえたことに意味があるなら、即刻どうこうするなんてことはきっとない」

 太后を牽制するという思惑があるのならば、彼らを白昼堂々、観衆の面前で大々的に処刑するなどしてみせてもおかしくない。
 さしずめ今日はその手筈(てはず)を整えるに留まるはずだ。

「そっか、それもそうね。じゃあ今夜にするわ」

「目立たないよう、扮装した方がいいですね」

「そうだね、こないだと同じ医女の格好でいいんじゃないかな」

 こく、と春蘭が頷いたのを見ると、光祥はふと空を仰いだ。

「その間に僕はお堂に行ってこようかな。夢幻とも情報共有しておきたいよね」