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 ────ちゃり、と鎖の音がして男は我に返った。

 容燕が催促するように台に手をついたことで、並べられていた拷問器具が音を立てたのだ。

 合図なのだろう、と男は悟る。いまが容燕の言う“適当なとき”だ。
 彼の奥にいる人物を思わず見る。

(この人が……)

 がたいがよく、筋肉質な見た目から勇猛そうな印象を受ける。

 前髪をかき上げているお陰で、額に刻まれた傷跡がよく目についた。武将としての誇りなのだろう。

 左羽林軍の長として数々の武功(ぶこう)を打ち立てた百戦錬磨(ひゃくせんれんま)猛将(もうしょう)────彼こそが謝悠景にちがいない。

「…………」

 名を口にすれば、彼に無実の罪を着せる一端を担うことになってしまう。
 罪に問われれば、きっと悠景も無事ではいられまい。それでも自分や家族の命には代えられなかった。

 ぎゅっと目を瞑り、男は覚悟を決めた。
 震える声で言を紡ぐ。

「俺に(めい)を下したのは……謝悠景さまです!」

 そのひとことで場の空気がぴんと冷ややかに張り詰めた。

「な……」

 悠景は唖然とし、朔弦もさすがに瞠目(どうもく)して男を凝視している。

 突然のことに理解が遅れるが、ただならぬ事態に陥ったことは嫌でも肌が感じ取った。

(悠景? 王室を貶す触れ文の首謀者が……?)

 目を見張った煌凌は思わず一歩踏み出す。

 悠景といえば、左羽林軍の大将軍として常に王を身の危険から守ってきてくれた存在だ。

 先王の時代から羽林軍に属しており、その忠義の厚さは煌凌も重々承知している。

 彼の甥である朔弦ともども武術に(ひい)で、高い志を抱いている立派な武将だ。
 とてもこのような企てをするとは信じられなかった。

「間違いないな?」

 ただひとり、この場で容燕だけは動じない。
 人知れず満悦(まんえつ)したような笑みをたたえ、男に確かめた。

「は、はい! 王さまの御前(ごぜん)で嘘など申せません」

 当惑する煌凌を置いてけぼりにして、目の前で着々と“真実”が組み立てられていく。