鉄の格子(こうし)を掴み、必死で訴えかける。男は取り乱して暴れたが、頑丈な檻は揺れもしなかった。

 混乱と恐怖で頭の中がかき乱され、感情も思考もままならない。

 なぜ自分だけが生かされているのだろう。
 最終的には殺されるのだろうか。

 顔面蒼白の男と対照的に満足気な容燕は、ふっと口元を緩めた。

「そう喚くでない。約束通り、報酬は渡してやろう」

「え……?」

 男は意味が分からず、すぐに言葉を返せなかった。
 黙しているうちに握り締めた格子の冷たさがてのひらに染みてきて、徐々に平静を取り戻していく。

 容燕は、裏切ったわけではないのだろうか。

 その落ち着きぶりを見るに、男やその仲間が連行されたのも計画のうちだったのかもしれない。

 男はただ「町中の至るところに触れ文をすれば報酬をやる」としか聞かされていなかった。
 自分の知らないところで、別の目論見(もくろみ)が動いているようだ────。

 その大きな歯車に巻き込まれてしまったのだ、とようやく気づいたが時既に遅しである。
 もはや引き返す術も道も絶たれていた。

「そなたにはもうひと仕事やってもらう」

 男は困惑する。捕らえられたのに仕事などできるはずがない。
 容燕にも釈放(しゃくほう)する気はないだろう。
 そうでなければ、捕縛して投獄したりするような回りくどいことはしない。

「これからそなたを拷問する。わたしが王をここへ連れてくるまで、決してくたばるでない」

 容燕は最初からそのつもりだったのだろう。
 ならず者を雇い、手始めに触れ文をさせ、そののちに捕らえて拷問にかける気だった。

 牢の中で命を握られていては、何を命じられようと拒むことなどできない。

 そんな状況を意図的に作り出したのだ。男が決して逃げられないように。

 彼の心に“拷問”という言葉が重くのしかかってくる。膨らんだ恐怖が内側から圧迫してきた。

「案ずるな。適当なところで口を割れば、報酬を倍にして家に帰してやろう」

「……口を割っていいんですか?」

「むしろ割ってもらわねば困る。ただし、そのとき出すのはわたしの名ではない」

 それはそうだろう。いったい、誰の名前を言わせたいのだろうか。

 男は緊張しながら容燕の次の言葉を待った。
 ただならぬ陰謀の気配に思わず固唾(かたず)を飲む。

 容燕は優雅にも後ろで手を組み、ゆったりと男を見やった。

「“謝悠景の指図(さしず)だ”────そう言えば、そなたは助かる」