「ど、どういうことですか……」

「おまえにも養わねばならぬ家族がおるだろう。……意味は分かるな?」

 狼狽えたように男の目が泳ぐ。家族を盾に自白を迫るのは明らかな脅迫である。

 正攻法(せいこうほう)と言えるかどうか、錦衣衛の兵たちは顔を見合わせたが、問題があったとしてもどうせ抗議も糾弾(きゅうだん)もできないために黙っていた。

「…………」

 男には容燕の脅しが効いているように見えた。

 ────いま自白すれば、男一人が罪人として扱われる。
 しかし、黙秘を貫けば男の家族まで共謀者に仕立て上げられるだろう。

 それでも自白というのは、男の“主”への裏切り行為に当たる。
 この場は(しの)げても、今後“報復”という危険性がついて回ることになる────。

 悠景にはそんな男の葛藤が見て取れるようで、思わず苦い表情を浮かべた。

「お、俺は……俺は……」

 割れた唇をかたかたと震わせながら男が口を開く。
 霞む脳裏(のうり)に凄惨な記憶がよぎった。



     ◆



 ────触れ文をした役人たちは、実際には容燕に雇われたならず者であった。無論、正式な役人などではない。

 高札(こうさつ)を巡ったあと、約束の報酬を受け取るため容燕に指定された裏路地へ集まったものの、なぜかその場で全員縄をかけられた。

 戸惑う間もなく連行され、錦衣衛に着くなり形式上のずさんな尋問が行われた。
 「誰の指図だ」と問われ、少しでも困惑を表に出せば武官の手により次々殺害された。

 男は、ごろつき仲間の五人を一瞬にして目の前で失ったのである。
 当然、わけが分からなかった。

 容燕に裏切られたのかと考える余裕もなかった。
 自分が何と答えるのが正解なのかすら分からない。

 しかし、残った男に尋問はされなかった。
 代わりに捕縛されたまま地下牢へ投獄されたのだ。

 混乱する男のもとへ、容燕が自らやってきた。

 檻の中で(うずくま)っていた男はその姿を認め、ふらつきながら立ち上がる。

「容燕さま……どういうことです? 何で俺たちが捕らえられたんですか!? あんたの命令通り、町中に触れ文を貼ったじゃないですか!」