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「主上」

 煌凌のいかな心情もお構いなしに、容燕は無遠慮に蒼龍殿へと踏み込んできた。
 ずんずんと几案(きあん)の方へ歩み寄ってくる。

 上奏文を()()()()見ていた煌凌は慌てて巻子(かんす)を巻き直すと、机の端に追いやった。
 代わりに落書きしていた紙を引っ張り出し、菓子の皿も寄せる。

 (まつりごと)微塵(みじん)も興味などない、昏殿(ばかとの)を装った。
 煌凌がそんなものに関心を寄せれば、玉座から引きずり下ろされること請け合いだ。

 容燕は几案(きあん)を挟んで足を止める。

「な、何か用か?」

 努めて平静を装い尋ねる。以前にも同じようなことがあったことを思い出し、煌凌は思わず身構えた。

 今度は何だろう。妃選びの催促だろうか。

「薬材と触れ文の件、お聞きになりましたか」

 煌凌の予想とは異なり、容燕はそう切り出した。

「……うむ」

 小さく頷いた傍ら、春蘭のことを思い出していた。

『この状況を意図的に引き起こした黒幕がいて、裏で糸を引いてるのよ』

 (すが)るような眼差しと掴まれた感触が離れない。

『だったらお願い。現状も(あわ)せて、王さまにこのこと伝えてくれない?』

 いまになって狼狽(うろた)えてしまう。彼女が“王”に求めているものを悟ったからかもしれなかった。

 買い被りすぎだ。
 煌凌がどのような行動をとったところで、緻密(ちみつ)に張り巡らされた陰謀はいとも簡単に彼を凌駕(りょうが)していく。

 いまさら手を打ったところで、どうせ手遅れだ。
 力も権威もない名ばかりの王であることを、これほど悔やむ日が来るとは思わなかった。

 容燕にとって状況はいまのところ申し分なかったが、唯一不満だったのは王が犯人確保に躍起(やっき)になっていない点だった。

 自分たちが見下され貶されているというのに、この王は(いきどお)るどころか気に留めもしない。

 感情的になってくれれば、尚さら事が運びやすいというのに。
 そんなことを思いながら口を開く。

「……そうですか。ならば話は早い」

 嬉々とした態度を隠すこともなく、自身の顎にたくわえた髭を撫でる。

「お喜びください、主上。このわたしが、触れ文をした反逆者を捕らえましたぞ」

 思わぬ言葉だった。煌凌は弾かれたように顔を上げる。

「誠か?」

 あまりにも早い事態の収束だ。
 犯人を特定して捕らえたのであれば、あとは尋問を行って首謀者を吐かせるのみである。

 そうも容易に捕まるのなら、やはり春蘭の言う通りなのだろう、と煌凌は思った。
 裏で糸を引いている者がいるのだ。それが誰なのかまで嫌でも察しがつく。

「ええ、もちろんです。主上に不忠(ふちゅう)をはたらく者をわたしが許すはずないでしょう」

 一番不忠をはたらいているのは誰だ、と思ったが、声に出すことは無論できない。

「……その者はいまどこに?」

「地下牢で拷問中です。さぁ、参りましょう」