そこまで考えた悠景は、はっと閃いた。

「もしや、蕭家か鳳家?」

 それならば、大がかりで回りくどい策を取った理由にも頷ける。

 朔弦とてその可能性を一考(いっこう)もしなかったわけではない。

 それほどの大罪を名分にしなければ両家とも互いに手を出すことができないため、現状は一番可能性があると思っていた。

 国中の薬材を買い占めた財力や動機の面から見ても、どちらかがどちらかを狙ったと考えられる。

 しかし、腑に落ちない点もある。
 ……なぜ、この時期に仕掛けたのだろうか?

 別段、二家の関係や状況に大きな変化があったわけでもない。
 対立の決着を急ぐにはどうしても不適というか、時期尚早(しょうそう)な気がしてならないのだ。それに────。

「鳳家の可能性は低いでしょう。当主の元明は最高位の官吏で陛下の信頼も厚い……このような危険を冒してまで謀略(ぼうりゃく)を巡らせるとは思えません」

 鳳家はそもそも蕭家に対し、あからさまな敵意を抱いていない印象だ。
 自衛のために何かすることはあっても、わざわざ積極的に攻勢(こうせい)をとることはないだろう。

「なら、蕭家か……」

 悠景が呟く。
 恐らくはそうだ。朔弦は静かに首肯した。

 ここまでのことをやってのける度胸と財力、それから悪意を持ち合わせているのは、蕭家くらいなものだろう。

「けどよ、おかしくねぇか? 侍中は何だって俺たちにそのことを教えてくれねぇんだ」

 その言葉はもっともである。
 先日、ふたりはどうにか矜恃(きょうじ)を曲げ、容燕に忠誠を誓った。確かに手を結んだはずだ。

 味方同士となったいま、包み隠さずすべてを共有してくれるべきではないのだろうか。

 なぜ無断で事を起こしたのか────。
 朔弦は嫌な予感を覚える。

 そのとき、執務室の扉が勢いよく開かれた。

「大将軍!」

 慌てた様子で駆け込んできた莞永が、落ち着きのない動きで一礼する。

「どうした」

「大変です! 触れ文をした実行犯が捕らえられました!」

 ふたりは驚いたように思わず顔を見合わせた。

 どういうことだろう?
 いったい誰に捕らえられたと言うのだろうか。

 朔弦の推測通りであれば触れ文の首謀者(しゅぼうしゃ)は蕭家である。しかし、誰が彼らに手出しできるものか。

 不可解そうな表情を浮かべた悠景が執務室を出ていくと、朔弦もそのあとを追う。
 胸騒ぎが増幅していくのを感じながら、犯人が捕らえられているという地下牢へ向かった。