羽林軍といえば精鋭(せいえい)揃いの部署であるのに、修練を放り出して何をしているのだろう。
 烏合(うごう)の衆である禁軍に属しているのならまだしも、近衛(このえ)のくせして宮外にいるとは。

「し、視察(しさつ)だ」

 煌凌は慌てて答えた。うまい言い訳を探り当てたと思ったが、春蘭は怪訝(けげん)そうに眉を寄せる。

「視察? 羽林軍がそんなことを?」

「そ、そうだ。陛下から直々(じきじき)(めい)を受け、異常がないか市井を見て回っているのだ」

 はっと春蘭は身を乗り出した。

「じゃあ、一連の薬材事件のこと知ってるの?」

「それは何となく……。ちょうどいま調べているところなのだ」

 国中で薬材が不足していることやそれによる高騰、さらに不敬(ふけい)な触れ文がされたことは、朝廷でもじわじわと問題化してきていたために煌凌も承知していた。

 なぜ急にそのような事態に陥ったのか、触れ文をした人物の目的は何なのか、余裕のない頭の片隅で実際に考えていたところである。

 そのとき、がっと両の腕を掴まれ、煌凌は我に返った。春蘭の真剣な双眸(そうぼう)に捕まる。

「あのね、これは仕組まれたことなの」

「……どういうことだ」

「この状況を意図的に引き起こした黒幕がいて、裏で糸を引いてるのよ」

 朔弦も薬材事件について調べを進めていたようではあったし、同じ羽林軍の煌凌がその件を洗っているというのは真実味のある話だった。

 そう判断した春蘭は、あくまで不正授受のことを伏せながら本質を(てい)する。

「黒幕……。なにゆえそう言いきれる?」

「証拠と証人を握ってるの。それは追って差し出すとして……羽林軍ってことは、あなた、王さまに謁見できたりするわよね」

「う、うむ。それは容易いが……」

「だったらお願い。現状も(あわ)せて、王さまにこのこと伝えてくれない?」

 蕭家が何らかの悪辣(あくらつ)な思惑を果たしてしまう前に、あるいは証拠や証人を握り潰されてしまう前に、王に介入してもらうしかない。

 切実な眼差しを受けた煌凌は、しかし口を(つぐ)んだまま結局何も答えられなかった。