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「やあ、来てくれたんだね」

 施療院へ赴いた春蘭と紫苑を、光祥はいつもと変わらない優雅な微笑で出迎えた。

 賃仕事をしていると言っていた通り、薬包(やくほう)を手にしている彼はこの場にかなり馴染んでいる。
 とはいえ普段から素朴な格好にそぐわない気品を放っているのは確かで、そういう意味では異質だ。

「ええ……でも、どうして呼んだの?」

「わたしたちも何かお手伝いを?」

「いや、それについては無理()いしないよ。きみたちに来てもらったのは、ちょっと紹介したい子がいるからなんだ」

 そう言った光祥は套廊(とうろう)に薬包を置き、ひとりの医女を呼んだ。
 駆け寄ってきた彼女は鼻から下を覆っていた薄布(うすぬの)を下げ、春蘭たちに一礼する。

「この子は……?」

「施療院で働いてる医女なんだけど、今回の薬材事件で重要な鍵を握ってる証人なんだ」

「えっ」

 驚いて見やると、医女は抱えていた一冊の日誌を掲げた。

「実は最近、この記録日誌と現物の薬種の量が合わないんです。おかしいなって思ってたら……院長さまがこっそり誰かに渡してるのをたまたま見てしまって」

「何ですって」

 ふと昨晩のことが蘇った。朔弦の口にした“横流し”という言葉が頭をよぎったのだ。

「ですが、わたしなんかの話を信じてもらえるかどうか……」

 本人の言う通り、医女ひとりの目撃証言だけでは不足だろう。

 医女は医員ではあるものの、身分がかなり低く男性よりも立場が弱かった。
 そのため“補佐”という名目で小間使(こまづか)いとして扱われることも少なくない。

 彼女も例外でなく、いつも雑用を押しつけられているようだ。

 そのせいで薬材の不正授受を訴えたとしても、逆に“院長を侮辱した”として罪を問われかねない。
 院長が被害者(づら)をして、医女の偽証(ぎしょう)だと主張するかもしれないのだ。

(どうしたものかしら)