つい紫苑を窺うが、彼は気まずそうに目を逸らすだけで肯定してくれない。信じがたいが、どうやら事実のようだ。

「それで、持ち出せたのか?」

「ううん、失敗しちゃって……。見つかって大事になる前に退散してきたところよ」

 朔弦とのことは約束通り伏せておき、大まかに事の次第を打ち明けた。

「何事もなかったのですね?」

「え、ええ! 大丈夫」

「よかったです……」

 心底安堵したのであろうことは、顔を見なくても声色で分かる。
 ひたすらに案じて待ち続けた紫苑の心境を思えば心苦しいが、ここで事実を口にするわけにもいかなかった。

「宮中の薬材はどうでしたか?」

「それがね、王室が独占してるってことはやっぱりないみたい」

「それって……あの触れ文のこと?」

 光祥が硬い声で尋ねる。

「そう! 何か知ってるの?」

 見聞(けんぶん)の広い彼ならば、何らかの情報を掴んでいるかもしれない。そんな期待を込めて問うた。

「ああ……あれはまったくのでたらめだよ。確かに王室は害を(こうむ)ってないけど、それは当然なんだよね。王室の薬材には宮中の菜園(さいえん)で育てた薬草を使うから」

 影響や被害がないのは、そもそも宮外の薬草畑が荒らされたところで関係がないためである。
 初耳だった春蘭と紫苑は顔を見合わせた。

「そうなの?」

「やっぱりそのことは知らなかったか。きっと、薬房に詰めかけてる人たちもそうなんだろうね」

 光祥は眉を寄せる。
 無知な民を嘲笑うかのようなでまかせを、いったい誰が広めたのだろうか。

 触れ文をしたのは役人たちだったと聞くが、それだってそもそもおかしい。
 国の(ろく)()む役人の所業としては不可解だ。

 彼らが反旗(はんき)を翻したか、あるいは何者かが裏で指揮をとっているか、いずれにしても不穏な気配が漂っている。

 もしかすると一連の出来事は、国をも揺るがす大事件に発展するかもしれない。
 何せ、触れ文の首謀者は王室を冒涜(ぼうとく)したのだから。

 薬材の不足と高騰が主な問題だと捉えるのは早計(そうけい)だろう。
 民が起こした暴動もそれに付随(ふずい)した問題であるが、根本的な部分は恐らく同じ────。

 この状況を意図的に作り出した何者かがいる。
 だとすると、目的は民の混乱だろうか。彼らの矛先を王室に向けることで利する者がいる?

「…………」

 ぱっと顔をもたげた光祥は、いつも通りの柔和な笑みをたたえた。春蘭と紫苑に向き直る。

「ねぇ、ふたりとも。明日、ちょっと施療院に来てくれないか?」