そう言いながら歩み寄ってきたのは光祥だ。

 春蘭から受け取った行灯(あんどん)でその姿を認めた紫苑は顔をしかめ、春蘭は驚いたように目を見張る。

「いまから帰るの? それなら僕もご一緒させてもらおうかな」

 かくして夜道を三人で歩き出した。月明かりはほとんどなく、行灯(あんどん)を頼りに進んでいく。

「光祥はどこ行ってたの? また夢幻のとこ?」

「いや、施療院だよ。近頃そこで(ちん)仕事をしててね……いまさっき薬材の配達を済ませてちょうど帰るところだったんだ」

 紫苑は口を挟まなかったが、内心ではますます不審がっていた。
 彼の言う“偶然”や“ちょうど”を信じていいものだろうか。

「そうだったの、お疲れさま。こんなに遅いんじゃ家族が心配するわね」

「春蘭、子ども扱いしないでくれ。……それに、家族はいないから平気だよ」

 彼があまりにいつも通りの態度であるため、その返答の重さに気づけないところだった。
 春蘭ははっとして慌てる。

「……そう、なの。ごめんなさい」

 いつも柔らかい微笑みを絶やさない光祥は、そういった(かげ)りの部分を一切表に出さないのだ。
 いまもこともなげにふわりと春蘭の頭を撫で、口元に笑みをたたえている。

「気にしないで。別にそれが不幸だなんて思ってないよ。自由に生きてるいまが一番楽しいから」

 春蘭の間近で微笑みかける光祥に、紫苑は話の内容によらず、さらに複雑な心境になった。

 ────この男は眉目秀麗(びもくしゅうれい)であるが、本人もどこかそれを自覚している節がある。

 やはりどうにもいつも春蘭と距離が近い。
 たらし込むつもりではなかろうかと、正直その点が気に食わなかった。悪い人ではないのだが。

「……光祥殿、お嬢さまから離れてください」

 たまらず紫苑は光祥に言った。彼の身の上とこれとはまた話が別だ。

 光祥は隙を与えてくれない用心棒を見やり、それから春蘭を優しい眼差しで捉える。ふっと唇の端を緩めた。

「……残念」

 紫苑の心配は実のところもっともだったが、春蘭はまったく気にしていないようだ。
 光祥の手の離れていく様が名残惜しそうなことにすら気づいていない。

 年頃の娘ならばもう少しときめいてくれてもいいのに、と光祥も拍子抜けしてしまう。

 鈍感な春蘭はなかなかの強敵だった。
 甘やかな態度も言葉も、いとも簡単に弾き返される。

 光祥は気を取り直し、平静を保ちつつ尋ねた。

「ところで、春蘭。それは医女の格好じゃないか?」

 その指摘に思わず自分の衣を見下ろす。すっかり失念していた。

「あ……そ、そうなの。実は宮殿に忍び込んで薬材を持ち出そうとしたんだけど」

「何だって? ……冗談だよね?」