春蘭が口を開いた。嫌な予感を覚える。

「わたしの罪は認めます。ですが……このままだとあなたも罪に問われます」

 果たしてそれは彼の想定した通りであり、嫌な予感は的中した。己の姓を利用し、逆に脅してきたわけだ。

「鳳家の姫君をかどわした、と?」

「そうです。わたしがそう告げ口すれば、錦衣衛に捕らえられるのはあなたの方です」

 彼は目を細める。何たる不運だろう。
 春蘭が思いのほかしたたかに強気な態度を示してきたことも想定外だった。立場逆転だ。

(た、対等に話せてるかしら……)

 一方、春蘭は春蘭でとにかく必死だった。
 あくまで非は自分にあり、いくら鳳姓を盾にしても免責(めんせき)の余地はないと正直思っていた。

 それでも拷問や死は避けたい上、紫苑たちの関与を隠し通したいやら父を巻き込みたくないやらで、どうにか懸命に知恵を振り絞った結果だ。

「……わたしにどうしろと?」

 彼の声色は若干投げやりなものだった。

 たとえば土下座や陳謝(ちんしゃ)を要求されたのであれば、矜恃(きょうじ)を曲げてでも屈するしかないと諦めていた。
 そうでないと、自分自身が滅するか叔父や家門に迷惑をかけることになってしまう。

「ここはひとつ、なかったことにしませんか?」

 そんな春蘭の言葉は意外なもので、つい素直に驚いた。

「…………」

「あなたとわたしの間に起きたことは、ふたりだけの秘密ということにしましょう」

「……本気か?」

「もちろんです。父にも誰にも言いませんから、どうかあなたもそうしてください!」

 半ば懇願(こんがん)する形で春蘭は言いきった。穏便に済ませても吹聴(ふいちょう)されたのでは意味がない。

「おまえが裏切らないという保証は?」

「信じてくださる限りはわたしも裏切りません」

 臆することなく返され、降参を余儀なくされる。
 唯一にして最大の条件を、彼ものむことにした。

「……分かった」

 春蘭は内心ようやくほっとしたが、完全に気を抜くことはしなかった。
 あてがわれた刃の冷たさを忘れたわけではない。

「こちらにも、あなたが裏切らないという保証が欲しいです」

「……何が望みだ」

 無感情な双眸(そうぼう)を毅然と見返して告げる。

「……お名前をお聞かせください」