「……!」

「最後の機会だ。質問に答えろ」

 静かながら射るような凄みは、春蘭に逃げることを許さなかった。

 遠ざかったはずの白刃が再びあてがわれたような気がして、早々に観念した春蘭は恐る恐る口を開く。

「そ、の……わたしの独断です」

「なに?」

「各地の薬房で暴動が起きてるんです。薬材がないから、って……。だから、少しでも配給できたらと思って」

 ぎゅ、と拳をつくりながら答えた。
 怖気(おじけ)に押し負け、自信なさげな声色になってしまうものの内容に偽りはない。

 は、と彼は呆れたように短く息をついた。

「だからって王室の薬材を盗むとはな」

 許容してくれたとは言いがたいものの、一応は納得してくれたようだ。
 ほっと安堵しかけたとき、鋭い眼差しが再び注がれた。身体が強張る。

「ただ……おまえの言い分が事実だとしても、看過(かんか)できない点がひとつある」

「え」

 彼は床に散らばった薬材の中からひとつ拾い上げた。
 長く綺麗な指先で、花のような形の茶色い薬材をつまんで掲げる。見た目は八角(ハッカク)に似ていた。

「これは“百馨湯(ひゃっけいとう)”という薬湯(やくとう)のもとになる薬種(やくしゅ)だ」

「ひゃっけい、とう……?」

「早々に市井から消え去り、もはや幻の薬材と化している代物だ。宮中以外では滅多に見かけることもなく、手に入れるのが困難になっている」

 もともと貴重なものだったわけではなく、こたびの薬材不足という騒動に際してそうなった、といったような言い方である。

 何となく引っかかりを覚えずにはいられない。春蘭は眉をひそめた。
 もしかすると、それは何者かの思惑によるものなのではないだろうか。

「それを持ち出そうというのだから、おまえに()があってもおかしくない」

「裏だなんて、そんな……」

「わたしの疑惑が妥当だと、おまえ自身も理解できるだろう」

 そう言って床に薬種を放った彼は、おもむろに袖へ手を入れた。
 取り出した短剣の鞘を素早く払うと、春蘭の足をまとめていた縄を断ち切る。

「え……っ?」

 驚く間もなく、ぐい、と手首を引っ張られた。
 否応(ひやおう)なしに立ち上がる羽目になり、わずかにたたらを踏みながら長身の彼を見上げる。

「な、何です?」

「やはりおまえの身柄は錦衣衛に引き渡すことにする」