「!」

 思わず息をのむ。
 ばくばくと心臓が素早く脈打っていた。

 あとほんのわずかでも身体が動けば、白刃(はくじん)が首へ到達してしまう。

 恐怖におののき震えてしまった瞬間、すぱっと鋭い切り傷が浮かび上がる想像が容易にできた。

「声を上げたら斬る。そのまま大人しくしてろ。いいな?」

 男は感情を込めずに淡々と言う。

 自分の生死が見ず知らずの人物の一存に委ねられているという事実に強い喉の渇きを覚えながら、春蘭はこくりとどうにか頷いた。

 それを見た彼は、すっと剣を下ろし(さや)におさめた。

 小さく息をつく。ひとまず助かったが、解放されたわけではない。
 実際に刃を突きつけられたことで恐怖は色濃く増殖し、春蘭の呼吸は浅いままだった。

「これに覚えはあるな」

 ぱさ、と床に何かが放られる。春蘭の手巾であった。
 中に包んでいた薬材がばらばらとこぼれる。

「!」

「医女のおまえがなぜこんなことを? 薬材をどこへ持ち出そうとしていたんだ」

「ち、ちがいます! わたしのものでは……」

「それは妙だな。この手巾はおまえの袖の中にあったものだが」

 う、と言葉に詰まった。手巾が既に彼の手に渡っている以上、言い逃れなどそもそも不可能だろう。

 ただ、相手の口ぶりからして自分が偽の医女であることを看破(かんぱ)している可能性は低いと見えた。

(どうしたら……)

 あまり時間をかけないよう気をつけながら、春蘭は頭を働かせる。
 しかし、すべてを見通すような鋭い双眸(そうぼう)気圧(けお)されてしまい、心の半分は折れかかっていた。

「もしや……横流しか? 誰の差し金だ?」

 追い詰めるような足取りで歩み寄ってくると、正面で立ち止まって屈む。
 その眼差しから逃れるように思わず俯いた。

「…………」

「答えないのか? 場合によっては錦衣衛に突き出すことも(いと)わないが」

 その言葉にはっと顔をもたげる。
 言葉の趣旨そのものではなく“錦衣衛”という単語に驚いたのだった。

(てことは……ここは羽林軍なの?)

 警察業務を担う錦衣衛ではなく、近衛(このえ)の羽林軍にかどわされたようだった。
 ますます不可解だ。意図が分からない。

「言っておくが、いまのうちに答えた方が身のためだ。錦衣衛へ引き渡せば拷問を免れないだろうからな」