それでも、春蘭は“鳳姓”という最大の武器を利用しようとはしない。
それを愚かと言うべきか、清廉潔白と言うべきか、一様に断じることはできなかった。
「どうすればいいんだよ?」
「……我々にはどうにもできません。春蘭を信じるしか」
だからこそ、朔弦は“よく見ておけ”と言ったのである。
────既に弓は引かれ、鏃はこちらに向けられている。
あとは、放たれたそれを春蘭がいかにして躱すかに懸かっている。
「…………」
悠景は一瞬ほうけてしまった。おおよそ、冷淡な甥の言葉とは思えない。
やっと、彼女を認めたということだろう。
朔弦との勝負には、春蘭が勝ったようだ。
「そうだな」
切迫した状況であることに変わりはないが、そんな甥の変化が悠景には嬉しく感じられた。つい笑みがこぼれる。
固く冷たく凍てついた朔弦の心を溶かした春蘭であれば、あるいは現状を打開することもできるかもしれない。
「────みな、下がって待て」
厳然と太后が命ずると、候補者たちは一礼し、順に踵を返して泰明殿をあとにする。
ふたりは案ずるような、祈るような眼差しで春蘭を見送った。
候補者たちは女官の先導により、淑徳殿へと通された。
美しい造りであるのは同様だが、泰明殿より小ぶりだ。女官や内官の姿も見当たらない。
人数分の椅子が用意されており、それぞれに名札が貼られていた。
各々が席へ着くとひとりの女官が前に立ち、淡々と説明を始める。
「これより、審査を開始いたします。第一次審査では、人相を見て選別させていただきます。五名ずつお呼びしますので、呼ばれた方はお立ちください」
女官は名簿を片手に順に名を呼んでいく。
起立した五人の令嬢を伴い、淑徳殿を出ていった。
扉が閉められたその瞬間、多くの令嬢が力を抜いて姿勢を崩す。
あくびをしたり髪をいじったり足を組んだりと、しばし緊張から解放された様子だ。
至るところからため息と話し声が聞こえ始める。
「……煩わしいわね。もう疲れたわ」
帆珠も例外ではなく、肘かけに頬杖をつくと近くの令嬢と雑談を始めた。
────殿内にある丸柱の影に隠れていた女官たちは、それぞれ名簿と筆を手に候補者たちを査定していく。
大半の令嬢が態度を崩しているところを目にし、呆れたように顔を見合わせる。
そんな中、やはり目を引くのは鳳家と、それから楚家であった。
この場においても、春蘭と芳雪だけは変わらない。
顔を上げ、背筋を伸ばし、口を噤んだまま一輪の花のように凜とした姿勢と態度を保ち続けている。
「鳳家はさすがって感じだけど、楚家もなかなかね」
「うん、あのおふた方は残りそうだわ」
囁き合いながら評して名簿に印をつけると、そこへ別の女官が割り込む。
「……たぶん、落とされるわ。蕭家が内定者だって噂だもの」