「ああもう、揺れすぎなのよ。千洛、あとで馭者(ぎょしゃ)をくびにしといてちょうだい」

「どうか落ち着いてください、お嬢さま……!」

 唐突に苛立ったような声とそれを宥める声が聞こえてきて、そちらを振り向いた。
 宮門前で騒いでいる帆珠に、千洛が困り果てているところであった。

 ふと、帆珠と目が合う。
 彼女は追い払うような仕草で千洛を下がらせると闊歩(かっぽ)して宮門を潜り、春蘭の前で足を止めた。

「あら、久しぶりね。あんたも来たの?」

 世間話をしにきたわけもなく、例によって彼女の声色は嫌味にあふれている。

「記念に宮殿見物でもするといいわ。どうせここで落とされるんだから。せいぜい頑張って」

 自信に満ちあふれている帆珠は、一方的に言いたいことだけを告げると去っていった。
 我がもの顔で突き進むその後ろ姿に、怒るよりも奮い立たされる。

(……帆珠。あなたにも負けないわ)

 気合いを入れ直し、春蘭も再び歩き出した。
 まず、第一に向かう先は────泰明殿である。



     ◇



 そわそわ、そわそわ……と、落ち着きなくその場を行ったり来たりする王を、清羽と菫礼は律儀に目で追った。
 やがてこらえきれなくなった清羽が吹き出すように笑うと、ぴたりと煌凌の足が止まる。

「も、申し訳ありません……」

 口では謝りつつも肩を震わせる清羽を、じろりと睨む。

「な、何がそれほど可笑しいのだ。そなた、まさか余を笑っておるのか?」

「つい……」

 落ち着かない理由が春蘭にあることは分かっていた。
 顔にこそ出さないが、菫礼も同じ気持ちである。なんと健気(けなげ)で微笑ましいことだろう。

「余は真剣に悩んでおるのだ。春蘭に余が王だと知れたら、嫌われるやも……。だが、もう隠すこともできぬゆえ」

 このあと、妃候補者一同とは泰明殿で顔を合わせることになる。
 その折、ずっと隠していたこの秘密は否応(いやおう)なく露呈(ろてい)してしまうだろう。

「陛下。なぜそれで嫌われるのですか」

 予想外に思い詰めた言葉を聞き、清羽は焦ったように聞き返した。

「だって、余は春蘭を騙していたのだぞ。それに────」

 世間的に、自分がどのような存在であるかは承知している。
 疎まれ、蔑まれ、弱く愚かだと評される王を、無条件で受け入れてくれるわけもない。

『弱い。情けない。政もしない。惰弱でやる気がない。臣下に怯えて何もできない。太子がいなくなったから血筋だけで即位した、名ばかりの王────ですって』

 春蘭から又聞きした、自身に対する朔弦の厳しい言葉を思い出す。
 実情を知れば、彼女とて同じことを思うにちがいない。