容姿や体型、教養に優れた令嬢が有利であることにはちがいないが、有力な家柄の娘は本来、正妃に選ばれにくいものである。
王妃となったとき、その一族が王の外戚として政に干渉することが警戒されるためだ。
つまり“そこそこの家門の娘”が理想的とされるわけである。
しかし、今回は事情が異なっていた。
王の権威を立て直すにあたり、蕭家に対抗できる家柄が求められているのだ。
しかし、後宮の長である太后はそれを阻むべく蕭家贔屓にあたるため、こたびの妃選びは特に大きく荒れることが予想されていた。
春蘭は命を狙われてもおかしくないわけである。
「お嬢さまが王妃に選ばれたとしても、きっと蕭家の娘に常につけ狙われることになる。選ばれなかったら、生涯独り身か、側室に迎えられるかといったところだが……」
「その場合、王妃になるのは蕭家の娘ってわけだな。春蘭が側室になれば、そいつは王妃の権限で春蘭をいびり放題ってわけか」
選ばれようが、選ばれまいが、待ち受けているのは茨の道である。
元明の憂慮はそこにも及んでいるのだろう。
「最終審査まで残らなきゃ楽だけどな。……ただ、それだと何も果たせねぇ」
蕭家への制裁も王権の立て直しも、志す何もかもを諦めることとなる。
春蘭はそれだけのものを背負っているのだ。
帆珠を推す太后に対し、春蘭を推す国王。
これは、蕭家と鳳家の戦いでもある。
王妃に選ばれるとすれば、いずれかの娘が妥当であることは周知の事実だろう。
────数拍分の沈黙が落ち、櫂秦は改めて紫苑を見やる。
端正な顔に浮かぶ表情はどことなく暗い。
「……ひとことも話さなかったな。よかったのか?」
初戦に臨む春蘭に、彼は言葉をかけなかった。
彼女の姿がその瞳に映っていたのかどうかさえ定かではない。
「もしかして、拗ねてるとか? 宮殿についていけねぇから」
小首を傾げ、からかうように言った。
ただの執事兼用心棒に過ぎない紫苑には、主に随行して宮殿へ入る資格がなかった。
「それとも心配でたまらねぇか?」
「……朔弦さまがついているから、きっと平気だ」
道中、春蘭の護衛は彼が担ってくれる。蕭家も太后も易々と手は出せないだろう。
無論、心配なのは“その先”なのだが。