────ふた月の時が流れ、季節は瑞々しい新緑のそよぐ初夏へと移っていた。
いよいよ妃選びの第一次審査の日を迎え、春蘭は芙蓉の手を借りながら身支度を整える。
生成と撫子色の上質な衣装は、袖や襟に花の透かし模様があしらわれていた。
可憐に飾り立てられた春蘭を眺め、芙蓉は頬を綻ばせる。
「わぁ……お綺麗です、お嬢さま」
「そ、そう? それならよかった」
そわそわと落ち着かないまま庭院へ下りると、そこには元明と紫苑、櫂秦が待っていた。
悠々と歩み寄ってきた父に恭謹な態度で礼を尽くすと、そっと手を取られる。
「春蘭。わたしたちはどんなときでもきみの味方だ。いつでも帰ってきなさい」
この先に待ち受けているであろう波乱の気配を察しつつ、それでもその渦中に娘を送り出さなければならない。
穏やかながらも厳然たるもの言いは、鳳家当主に相応しいものであった。
「気負いすぎんなよ。ほどほどに頑張ろうぜ」
櫂秦の言葉に肩から力を抜き、春蘭はそれぞれに微笑み返す。
しばらく彼らの元を離れることになるが、孤独ではないと実感する。なんと心強いことだろう。
「……ありがとう。行ってきます」
紫苑の開けてくれた門を潜ると、屋敷の前には一台の軒車が停まっていた。
その傍らで待つ朔弦に一礼すると、春蘭は段を上がって中へ乗り込む。凜と背筋を伸ばした。
それを見届け、彼は青毛の馬に跨る。
真剣な紫苑の眼差しに気がつくと、無言で頷き返した。
「行こう」
そう促すと馭者が手綱を握り、軒車が緩やかに進み出す。
護衛を兼ねる朔弦は馬を駆りながら並進した。
軒車が見えなくなるまで立ち尽くしていた紫苑は、やがて庭院へ戻ると門を閉じた。
元明は深く息をつき、しんみりと母屋へ戻っていく。
その背を眺めた櫂秦は、やや眉を下げながら腰に手を当てた。
「……父親としては複雑な心境って感じか。娘を嫁がせるわけだから」
審査に進めること自体は、家門にとっては光栄だろう。
しかし、それだけでは割り切れないのがこの妃選びという一大事である。
「気持ちの問題だけではない」
「ん?」
「……候補者たちはこれから篩にかけられる。少しでも有利に進めようと、色々画策する輩もいるだろう。だから、審査が進むほど道は険しくなる」