「それより、刑については慎重に検討すべきだ。今回は手を下した者の側に鑑みるべき深い事情がある。無論、殺人を許容する理由にはならないが。……ただ、殺されたあの男は相当しつこく、狡猾だったようだ」
朔弦は先ほどまで遺体が横たわっていた地面を見下ろす。
既に役人たちの手により運び出されたあとで、いまはわずかに血痕が残っているのみである。
莞永はその言葉を汲み、数度頷いた。
「調べたら罪過があるかもってことだね。それを立証できれば、あの二人にも酌量の余地があるって示せる」
朔弦は振り向き、意外そうに彼を見やった。
その視線に気づき、少し照れくさそうに頭をかく。
「あ、えっと……ちがった?」
「いや」
朔弦は短く答える。まさしく彼の言葉通りであった。
実は、朔弦は現場へ入る前、先に少しだけ被害者について洗ってきたのだが、先立った妻の死には不審な点が多く、男の所有する財産にも何やら訳ありな気配がしていた。
そんな男のことである。
こたびの婚姻においても自らの要望を叶えるため、何らかの卑劣な手段を用いていたとしても不思議ではない。
莞永は少しばかり得意気になった。初めて朔弦の意図を推し量ることができた。
自身の思惑と似ていたからだろうか。
そんなことを考えながら宙を見上げ、希望を口にする。
「罰は避けられないとしても、斟酌して相応の対応を取ってくれるといいな」
「おまえは何もしないのか」
ふと投げかけられた言葉に、視線を戻した莞永は苦く笑う。
「僕は下っ端だから……」
「だから何だ。おまえも官衙の役人だろう」
思わぬ言葉にはっとする。
気づかされた。
官衙の役人としての矜恃を忘れていたのは、自分も同じであったようだ。
「おまえの事情や立場に興味はないが、端くれだろうとできることはある。あのふたりの処遇について思うところがあるなら、人任せにせずおまえが何とかしろ」
そんな考えは微塵も眼中になかった。というよりも無意識のうちに諦め、押さえ込んでいたのだ。
どうせ自分は資格も権利もない下役で、上官たちの言うことには逆らえない、と。
怠惰でことなかれ主義の上官たちには、これまで莞永が何を言ったところで響かなかった。
今回も同じだろうと高を括っていたのだ。
そして、自分もそれに染まりかけていたのである。
朔弦の言う通り、多少なりとも莞永にできることはあるだろう。
被害者の罪過を探るなり、情状を訴え理解を促すなり────。
莞永は気を引き締める。
自分は官衙の役人だ。その心持ちを、取り戻すことができた。
「……うん。やってみる」
朔弦はそんな莞永をまっすぐ見据え、口端をわずかに持ち上げた。満足気な表情である。
正直、莞永にとっては意外だった。
てっきり、犯人を特定すればもう興味を失うものだとばかり思っていたが、彼は事後のことにまで気を回していた。
人の心を持ち合わせていない、自分本位で非情な冷血漢というわけではないようだ。
「莞永、だったな」
確かめるように朔弦は言った。表情は既に無に戻っている。
まさか名を覚えてくれているとは思わず、返事しそびれた。
それを待たずして、彼は再び背を向ける。
「先ほどの言葉は少し訂正する。……部下としてなら、受け入れてやってもいい」
莞永は目を見張った。もしや、認めてもらえたのだろうか。
しかし、喜ぶ間もなく朔弦は悠々と去っていってしまった。
今度は振り向くことなく屋敷の門を潜り、結界のように張り巡らされた“禁”の紐を越え、人混みに溶けていく。
莞永は思わず姿勢を正し、彼の去った方へ頭を垂れた。
朔弦の同僚ではなく、部下になりたい。そうしてともに仕事をしたい。
彼に言われる前から、そんなふうに傾き始めていた自分の意思に気がついた。
これほど有能で尊敬に値する人間の下で務めを果たせたら、どんなによいだろう。