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「お嬢さま、今日は装飾品を見にいきましょう!」

「装飾品?」

「似合いそうなものをわたしが選んでさしあげます。いえ、選ばせてください!」

 揺れる軒車の中、とん、と胸に手を当て得意気に芙蓉は言った。
 くす、と春蘭は思わず笑う。

「そのために市へ誘ったのね」

「ついでに新しい衣も仕立てにいきましょう、春ですし! あ、お部屋に飾るお花も替えたいですね。それから────」

 次から次へと希望を挙げる芙蓉にまたしても笑みがこぼれたとき、がたん、と大きく軒車が傾いた。
 衝撃を及ぼしながら前進を止めた馬が、足元に砂埃を舞わせる。

 困惑して顔を見合わせた。
 馭者を担う紫苑はそんな荒い手綱さばきをする者ではない。

 きぃ、と一拍置いて慌てたように扉が開かれる。

 軒車に施された玉の吊るし飾りや帷帳(いちょう)を上げ、紫苑が顔を覗かせた。申し訳なさそうに眉を下げている。

「すみません、お嬢さま。芙蓉も……。お怪我は?」

「ううん、わたしたちは大丈夫よ。何かあったの?」

「それが……ちょっと問題がありまして」

 そう言うと脇に避け、軒車の進路を示した。
 路傍(ろぼう)の一角に人だかりができており、通りが塞がれてしまっている。

「あれは薬房では?」

 芙蓉が言う。確かにその通り、民たちは薬房に詰めかけているようだった。

「何の騒ぎかしら」

「物騒じゃないですか……? 何だか怖いです」

 不安気に眉を寄せた芙蓉は春蘭に身を寄せる。
 そう恐れるのも理解できるほど、わらわらと集う民たちの様子は尋常ではなかった。

 中には農具を持ち出している者までおり、時折響く怒声もあって、辺りはいつになく騒然としている。

「どうなってるんだ!」

「うちの女房が病気で……薬がなきゃ死んじまう!」

「うちの子だってそうよ! 今すぐにでも薬を(せん)じて飲ませなきゃいけないのに」

 民は口々にそう訴えていた。
 大人たちの殺気立った気迫に怯んだ幼い子どもは、声を上げて泣き出す。

 それがさらに混乱を助長させ、場の収拾がつかなくなっていた────。

 困り果てた薬房の店主は苦い表情を浮かべる。

「そう言われましてもなぁ……。気持ちは分かるが、薬が入ってこんのですよ」